空 —ソラ—
私の育った場所は、京都の片すみの田舎町。
両親は近所で名の知れた老舗の料亭を営んでいて、いつも忙しそうにしていた。
土日も、料亭は忙しい。どこかに出かける事も殆どなかった。
友達が、遊園地に行ったとか、バーベキューをしたとか、そんな話を聞くたび、友達が羨ましかった。
一つ下の弟は、小さい頃から体が弱かったので、忙しいなりにも気にかけてもらえていたけれど、私は気にかけてもらった憶えは無い。
——そんな時、私を慰めてくれるのは本だった。
本の中には、色んな世界が広がっている。
自分が絶対に体験できない世界も、そこにはあるけれど、読んだだけで私がその主人公になった様な気持ちになれた。
転機、と呼ぶのなら、あれがそうなんだろう。
ある本のあとがきに、こんな事が書かれていた。
「私の家は結構有名な料亭です。けれどその分、なかなか親に構ってもらえない“寂しい幼少期”だったと思います。
そんな中で、私は本に出会い、本に救われました。」
同じだと思った。私の他にもこんな人がいたんだ、と嬉しくなった。
「その後、私は一人のお爺さんと出会い、作家になる事を決意しました。
そのお爺さんは私のよく行く本屋の店長さんでした。
とても優しい人で、私が家で寂しくなった時にそこに行くと、一つだけおいてあるテーブルセットに案内してくれました。けれど持病の悪化により、私が高校に入った年に、そのお爺さんは引っ越していきました。
お爺さんが昔なろうとしていた作家になりたい、と思ったのです。
残念ながら、この本が出版される数ヶ月ほど前に、お爺さんはお亡くなりになりました。
今回、この本のあとがきに、こんな自分の過去を綴ったのには訳があります。
……夢を見つけてください。何でもいいんです。興味とか、趣味とか、特技とか、そんなものでも。
私みたいな経緯は珍しいかもしれませんが、どんな境遇でも、夢は諦めないでください。
もし叶わなかったとしても、人のせいにしないでください。
周りがどうであろうと、人生を選ぶのは自分です。自分が選んだ人生を精一杯生きてください。——」