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My Godness~俺の女神~ Ⅲ

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 地面の上で犯されたので、剥き出しになった素肌のあちこちが擦れて、小さな傷がついている。まさに復讐という言葉にふさわしい、相手への思いやりなど欠片も感じさせない行為だ。
 復讐という言葉を使いながらも、あの卑劣な男は自分の欲望もそこそこ満たしたようには見えた。本当に欲望処理だけのセックス。そこには、愛情など当然ながら存在するはずもなく、ただ憎しみだけがあった。
 実里には初めての経験だった。それなのに、まさか二十七年間生きてきて初めて男に抱かれるのがレイプだなんて、想像さえしたことはなかった。
 新たな涙が滲んできて、実里は低い嗚咽を洩らしながら道を歩いた。
 両親が既に寝ていたのは幸いだったといえる。謹厳な父と小心な母が今の実里の姿を見れば、卒倒するに違いなかった。
 実里は玄関からそのまま二階に上がり、ベッドに倒れ込んだ。本当はシャワーを浴びて、あの卑劣な男にさんざん弄ばれた身体を清めたかった。だが、正直、今はそれだけの気力も残ってはいない。
 あの男が自分の中に入り込んで、何度も精を放ったのだと思っただけで嫌悪感に吐いてしまいそうだ。
 しかし、その時、実里は迂闊にも気づいていなかった。やがて、その夜の人知れぬ出来事によって、自分がどのように大きなリスクを背負うことになるのかを。
 実里は着替える元気もなく、そのままベッドに打ち伏して泥のような深い眠りの底に落ちていった。

♯Detection(発覚)♯

 昼休みの給湯室は実に騒がしい。仕事からひととき解放された女子社員たちが一斉に溢れ出し、ここにたむろするからだ。
 慎ましい倹約家はここで持参した弁当をちゃっかりひろげている。実里は元来、あまり大勢と群れる質ではなく、大抵は同じ歳の大木ひかると二人で行動することが多い。
 同年といっても、ひかるは四大を出て入社したので、実は実里の方が会社では先輩になる。しかし、付き合いも長い二人は、今では無二の親友と言って良い関係を築いていた。
 二十七歳といえば、微妙な年齢である。もう入社したての若い子とはいえず、かといって三十過ぎた中年女と呼ばれるにはいささか早すぎる。
 この時期になると、同期、或いは同年の女子社員たちは三分の二が退社している。その殆どが結婚を目的とした寿退社だ。もちろん、中には今の職場が合わず同業種で別の会社に移った者もいるし、新たな道を求めて旅立っていった者もいた。
 しかし、いずれも今の自分に満足できず、新たな道へと踏み出したことに変わりはない。その点、男子社員たちは女子と違い、途中で職を変わる者は少なかった。その点はやはり、男にとって仕事は一生のものという考え方がまだまだ日本に根強く残っているからだろう。
 同じ年頃の女子社員たちが次々と結婚して辞めていく中で、実里とひかるだけは相変わらず今の会社でしぶとく頑張っている。
 その日、実里は給湯室に来て、ホッとしていた。しかも幸運なことに、その日はいつになく人がおらず、閑散としている。実里とひかるが入ってきたときには数人の若い子がいたが、入れ替わるように出ていった。何でもフレンチレストランでランチをするのだとはしゃいだ会話の端々から判った。
「良いわねえ。今時の若い子は何をするにも明るくて」
 ひかるが心もち肩を竦める。
 実里はすぐに同意して良いものが判らず、曖昧な笑顔を返した。
「良いんじゃない? しかめっ面しているより、明るい方がまだ良いわよ」
 と、ひかるがプッと吹き出した。
「やだ、なに、それ。鹿田さんのこと言ってるつもり?」
 〝鹿田さん〟というのは、編集部にいる四十三歳のベテラン社員である。若い女の子たちからは〝鹿田のお局〟といわれ畏怖される対象だ。いまだに独身で、駅前の豪華なワンルームマンションで悠々自適の生活を送っているらしい。
 美人といえばいえなくもないが、度の強い銀縁めがねをかけ、長い髪をシニヨンにしていつも黒づくめの格好をしているので、余計に近寄りがたい印象を与える。
「別に鹿田さんのことを言ったわけじゃないわ。人聞きの悪いことを言わないで」
 とにかく仕事に関しては厳しく、新入社員の中で鹿田さんの洗礼を受けなかった者はいないとまで言われるほどだ。去年の春には、入社したての男子社員が鹿田さんに手厳しく注意され、皆の前で大泣きしたというエピソードがある。
「まあ、でも、確かにああなりたくはないわよね」
 ひかるの言葉にはしみじみとした本音が感じられた。
「でもね。知ってる? 私、大変なことを聞いたのよ」
 ぼんやりと考え事に耽っていた実里の耳許で突如として大きな声が聞こえた。
「実里、聞・い・て・る・の」
 実里は瞬間的にピクリと身を震わせた。
「な、何よ。耳の側でいきなり大声出さないで」
 ひかるが頬を膨らませた。
「だって、実里ったら何を話しかけても、まるで上の空なんだもの」
「ごめん、ごめん。で、何の話だったけ?」
「鹿田さんよ、鹿田さん」
「ああ、そうね。そうだったわね」
 ひかるが更に顔を近づけた。
「鹿田さんが営業部長の愛人だって噂、聞いたことがある?」
 声を低めて問われ、実里は首を振る。
「まさか。そんな話、聞いたこともないけど」
 ひかるは更に小声になった。
「それが、どうやら、そのまさからしいのよ。私も金橋君から聞いたんだけどね」
 ひかるには一年近く付き合っている彼氏がいる。金橋大悟といって、営業部二十六歳、一つ下である。爽やかなアスリート系というのか、ルックスも性格もそこそこ良くて若手女子社員たちからはモテる方だ。
「金橋君は営業でしょ。だから、部長ともよく一緒に仕事するじゃない。必然的に鹿田さんとのことも気づいたんですって。いつだったか、退社時間間際に急に鹿田さんが営業部に現れて、二人してそそくさといなくなったそうよ」
「でも、それだけで愛人関係にあると決めつけるわけにはいかないでしょう」
 実里が指摘すると、ひかるは笑った。
「でも、その噂って、実はもう数年前から社内では知る人ぞ知るらしいわよ」
「そう―」
 実里は気のない様子で相槌を打った。
 今の実里には鹿田さんが営業部長の愛人であろうがなかろうが、どうでも良い。
 それよりも気になることは幾らでもあった。まず恋人潤平のことだ。あの恐怖の夜―溝口悠理にレイプされた四月半ば過ぎ以降、潤平とはずっと逢っていない。
 四月から五月の初めてかけては、潤平の方が忙しかった。いよいよニューヨーク出向が本決まりになり、仕事の引き継ぎなど多忙を極めているらしい。
 実里は不安だった。潤平にはまだプロポーズの正式な返事をしていない。なのにニューヨーク行きが決定したというのは、何を意味するのだろう。当初、ニューヨークに行くためには既婚者でならなければならないという条件が付いていたと聞いた。
 もしかしたら、潤平は実里が彼の求婚に対してNoと言うはずがないと自信と確信を抱いているのかもしれない。
 実里自身、確かに今は潤平のプロポーズを受けても良いかもしれないなどと考え始めていた。それは彼には申し訳ないけれど、潤平への気持ちが強まったというよりは、あの夜の出来事―悠理に陵辱の限りを尽くされた―がかなり影響しているだろう。