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My Godness~俺の女神~ Ⅲ

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 溝口早妃が死亡したことで、実里は期待していた新規プロジェクトからも外された。実里の不名誉な噂が主要メンバーには不適切ということだったのだから、もしかしたら、ここら辺で会社を辞めた方が良いのかもしれない。会社側もそれを期待しているのではと思えなくもない。
 長年温めていた夢も失い、後はただ受付嬢の仕事をするだけ。別に、若さとそれなりの外見があれば、誰でもできる仕事だ。更に二十七歳という年齢を考慮すれば、若さと外見が武器になるのも後わずかにすぎない。
 やがては受付嬢からも外され、今度は資料室配属にでもなるのだろう。資料室というのは会社関連のあらゆる資料が保管されている部署ではあるが、現実に〝資料室行き〟を命じられれば、それは永遠に出世コースからは外れたということを意味する。ゆえに社内では資料室配属になった社員を〝島流し〟と呼んでいた。
 そんな屈辱を受ける前に、こちらから身を退くべきなのは判っていた。そのためには、潤平との結婚はとてもタイミングの良い理由になるではないか。
 また、あの忌まわしい夜の記憶から逃れたいという気持ちもあった。あの夜を境にして、実里は男性恐怖症に囚われてしまったらしい。会社でも男性社員が側に来ると、忽ち身体が震え始め、顔が引きつる。
 もし偶然にでも相手と身体の一部が接触しようものなら、飛びすさってしまう。そのために何度か怪訝な顔をされたことはあるが、今のところは意思の力を総動員しているため、誰かに気づかれているということはないだろう。
 こんな有様で潤平と結婚して上手くいくのかどうかは判らない。有り体にいつてしまえば、彼に抵抗なく身を任せられるかどうか自信はない。
 しかし、いつまでも今の状態を続けるのも良くはないことも判る。一度は心療専門のクリニックを受診しようかと考えたこともあった。専門クリニックには、そういったレイプを受けた女性たちを対象にカウンセリングを行ってくれるところがあると以前、女性雑誌で読んだことがある。
 しかし、いざパソコンを立ち上げてネットで探しても、現実に受診するとなると尻込みしてしまうのだった。たとえ相手が医師とはいえ、あの夜に体験した怖ろしく屈辱的な記憶を思い出し、誰かに語るというのは酷く抵抗があった。もう、二度と思い出したくもない。
 五月の連休明けに一度、潤平から連絡があった。
―そろそろ例の返事を聞かせて貰いたいんだけど、一度、逢えないか?    潤平
 携帯に並んだ短いメールを見ながら、実里は想いに沈んだ。
 こんな状態であれこれ思い悩んでいても意味がない。たとえ悠理とのことがなかったとしても、結婚を決める時、女性は色々とあらぬ心配をしてしまうというではないか。これをいわゆるマリッジブルーと考えて、思い切って潤平の胸に飛び込むのがいちばん賢い選択なのだろう。
 結婚なんて、誰でもしていることだ。互いに生まれも育ちも違う者同士が家族になり、長い年月を一緒にやっていくのだから、問題が起きないはずはない。その起こるかどうかも判らない問題を気にすることに、何の意味があるというのか。
 しかし、一方で実里はちゃんと自覚していた。実里の抱える問題は単なる花嫁の憂鬱とは違う、と。潤平は今風の外見とは打って変わり、古い考え方を持っている。だからこそ、八年も交際しながら、実里の頼みを受け容れ二人の関係を敢えてセックスに持ち込もうとはしなかった。
 結婚までの女性の純潔性を重要視しているという点では、今時、かなり珍しいかもしれない。相手が潤平自身ならともかく、他の男に抱かれた女を彼が受け容れるかどうかは判らない。しかも、あの夜、潤平にホテルに行こうと誘われながら、実里は断った。その同じ日の夜に実里はレイプされたのだ―。
 あの時、潤平の誘いに応じていたら、と考えないでもなかった。しかし、やはり、何度、同じ時間に戻ったとしても、自分は彼の求めには応じていなかっただろうと思う。相手にはっきりと身を委ねる覚悟もないのに、生半な気持ちで関係を持ってしまうというのは、実里のポリシーに反する。
 その点、出逢ったその日に深間になっても不思議はないとされる現代の風潮の中では実里も潤平も稀有な変わり種、似た者同士なのだろう。
 後に、その実里の潤平への認識は一八〇度どころか、三六〇度変わることになるのだけれど。

 めぐる想いに応えはない。
 結局、実里が潤平に返信したメールは、ごく素っ気ないものだった。
―ごめんなさい。今は私の方が仕事が忙しくて、どうにもならないの。落ち着いた頃にまた連絡します。         実里
 その落ち着いた頃というのが、いつなのかは実里自身にも実は応えようがないのだ。
「実里、ねえ、聞いてる?」
 またしても、ひかるの声が耳を打ち、実里は顔を上げた。
「あっ、う、うん」
 ひかるは首を傾げた。
「だから、どうしようかなと思ってるの。私もそろそろ潮時だしね、金橋君がプロポーズしてくれるのなら、それを受けても良いかなと思ったりもして」
 何の話だっただろうか? 今のひかるの発言からして、金橋君がついにひかるにプロポーズした?
 実里は話を合わせるかのように明るい笑顔を作った。
「良かったじゃない。ひかるも満更でもないんでしょ。金橋君のこと」
 しかし、流石に長年の付き合いだけあって、ひかるは実里が話を殆ど聞いていなかったこなどお見通しのようである。
 ひかるにじいっと見つめられ、実里はつい視線を逸らしてしまった。
「何だか最近の実里はおかしいよ?」
「え、そ、そうかな?」
 実里は狼狽えながらも無理に微笑んだ。
「お昼、食べないの? ぐずぐずしてたら、昼休みなんて、あっという間に終わっちゃうよ」
「うん、そうだね」
 実里は抱えてきたビニール袋からコンビニのお握り一個とペットボトルのウーロン茶を取り出した。
「ええっ、お昼って、それだけ?」
 いささか大仰にも取れる反応を見せ、ひかるが眼を剥いた。
「あまり気分が良くないの。少し胃の調子が悪くて。むかむかして最近は何も食べられないことの方が多いし、これだけでも全部食べられないかも」
 それは嘘ではない。六月に入ってから、実里は身体の不調が続いていた。始終、頑固な吐き気が続き、食べる物が食べられない。そのせいで、ひと月の間に、実里はひと回り以上痩せた。元々小柄で細いから、最近は痛々しい印象すら与えることに、当人はまだ気づいていない。
 ひかるがふいに黙り込んだ。何やら考え込んでいるようだ。
「そういえば、実里って、ここのところ、お昼は殆ど食べてないわよねぇ」
 ひかるに言われるとおりだった。これまでは手作りの弁当を持参するのが日課で、たまにプチ贅沢して、ひかると一緒に近くのファミレスにランチをしに行く程度。
 なので、今年、入社したての若い子たちが先刻のようにフレンチレストランにランチに行くと聞けば、やはり数歳離れているだけでも、考え方は明らかに異なっていると思わずにはいられない。
 実里がここのところ、頭を悩ませている潤平との件を咄嗟に思い出したのも、彼女たちのフレンチレストランに行くという他愛ない会話からだった。あの店は潤平が好み、しばしばデートで利用するからである。