フライド(ポテト+チキン)
僕と谷脇はカウンターに座っている。年配のママが一人でやっている。客はおじいさんが一人。スナックの店内なんて、よくテレビのコントで見ていたが、予想通りである。ママは酒を出すことを迷ったが、僕が「大丈夫だから」と強く言ってから、ビールを注いだ。
「谷脇、ビールうめーな」
「兄さん、初めて?」
「あん」
「兄さん、腹減った」
「俺のお通し食え」
僕は左手にジョッキを持ち、上唇には泡を付けて、右手にタバコを持っている。「こういう病気なのか」。さっきからずっと、国立でのプレイや、外国人の選手、チームメートなどが鮮明に浮かび揚がってくる。今すぐ練習しなければ、なんて思わない。タバコも酒も覚える頃には、怠惰だって獲得するものだ。下半身は元気いっぱいである。
「ママ、若くてきれいなお姉さんがいる店知らない?」
「行くの?」
「うん」
「せめて私服にして、後日にしたら?」
「いや、今なんだ」
「兄さん、お金・・・」
「任せとけって」
クラブ桜花という赤い看板。僕と谷脇は入口の外で、
「兄さん、本当に行くの?」
「(笑って)、ヤバいか?」
「うーん」
桜花のドアが開く。中年のオヤジが二人出てくる。その後に、化粧をした、ボディコンの女性が二人出てくる。僕に一瞥を与えて。オヤジ達がエレベーターに乗る。
「ありがとうございました」
と女性達は見送る。
「谷脇、テンション上がらん?」
「上がるねー」
女性達が僕らに注目し、近付く。
「君達、何してるの?」
僕は堂々と、
「入ってもいい?」
すると美人なほうが、
「え!もしかして、三浦、なんだっけ、三浦・・・」
谷脇が、
「三浦崇さんです」
と挟む。ブスが、
「ママ(28)、高校生はマズいんじゃ」
と言う。僕はもう勃起している。ママのボディラインやその少しの谷間で。酔っている感覚はわからないが、多分勢いづいて僕は、
「ママと遊びたい」
と言ってしまう。ママは、
「(おどけて大きな声で)、三浦くーん!」
と張り上げ、そのブスの姉ちゃんに、
「ちょっと店に戻ってて」
と言う。ブスは僕の顔を見ながらドアを開け、閉める。
「私、ファンなの」
「え?僕の?谷脇、俺そんなに?」
「兄さん、ほんと、スターだよ」
「でも、店には入れてあげられないな。ねえ、本当に遊んでくれるの?」
谷脇、
「お願いします」
とまた挟む。
「あと一時間くらいで店終わるから、どっかで待っててよ」
「谷脇、どこ行く?」
「居酒屋天州は?」
「わかったよ。天州ね。そこで待ってて」
ママは僕の肩に手を添え、しだれて、
「(にこやかに)、三浦君、あとでね」
と愛嬌たっぷりに言う。
天州。旭川の老舗である。僕と谷脇は、入口近くのカウンターに座っている。ビールよりも食べている。串物、肉類、サラダ。僕は豚串をかじりながら、
「谷脇、彼女いないの?」
と聞けば、
「いるよ。朝霞」
「へー」
僕は隣で黙々と食べている谷脇を見ながら、「みんな、やってるんだな」。僕の観念では、純愛というものは、好きな人と無邪気に会話をするようなことである。セックスなんてそれ程重要ではない。みんな、異性に興味を持ったら、やりたくなるの?それは性欲ではないか。それが愛?もっと言うならば、好きだ、と告げるその行為こそ愛であり、また愛の終着かもしれない。異性を好きになり、ご飯も通らずドキドキすることと、付き合うようになって、「今夜エッチできるかな」というドキドキとは、僕は違うように思える。昇華という言葉があるが、やはりセックスは低次元なのでは。僕は崇高な人間ではない。貪欲で、喰らえるものは喰らっていく。十七歳。これからまだまだ出会いがあると思う。「綺麗」、「可愛い」の鋭いアンテナを張り、相手を満たし、自分を肥やしていくのか。「早くやりたい」。
入口の自動戸が開く。ママが現れる。
「うちに行こう?」
「谷脇、お前、ここで待ってろ」
ママは僕の腕を掴んで、
「え!泊まらないの?」
「兄さん、待ってるわ」
「ママ、早く早く」
「わかったわ。ちょっと借りるね」
街の中に立地する高層マンション。ドアを開け、そのまたドアの向こうには、一人住まいには広いリビングがある。こげ茶のフローリングである。ママはすぐにストーブのボタンを押す。ママ、
「お酒、飲む?」
と冷蔵庫の方へ行く。僕は恥ずかしがらずに、
「ママ、ママ、さっきから起ちっぱなしなんだ。どうにかして」
「ははは」
「手でいいから」
と僕はコートを脱いで、ママに近づく。
「私、そんなことしたことないよ」
僕は背後からママの革ジャケットを脱がし、胸をまさぐり、抱きしめる。髪留を取ってママが
「一緒にお風呂入ろうか」
と落ち着いて言う。
ママがタクシーを呼んでくれ、マンションを後にする。僕は、身体が温まり、清潔になり、あそこもすっきりしている。
お風呂でのママの話。
「私ね、十年前に恋人を失くしているの。交通事故で。その彼はバスケットをして、スポーツマンだった。キラキラ光る彼の汗を見て、私の青春は過ぎていった。今でも好き。会えるなら会いたい。雰囲気がどこか三浦君に似ているの。私、一瞬落ち込んだけど、早くに生を取り戻した。彼の言葉で、苦しい時こそ笑おう、ってあるの。今日はとても楽しい。三浦君に感謝。なんだか暗い話でごめんね」。
タクシーの窓から外を見ている。雪は降っていない。様々な光と夜空。見ているのではなく、眼球に入ってくる感覚。ここ最近の異常行動で目にしたものは、吸収し、体験となる。「どうにか女体だけは」。
「兄さん、早かったね」
と谷脇は疲れもみせずに言う。僕は、
「お前、ずっと飲んでたの?」
「うん」
「つえーな」
「兄さん、もう三時だよ。帰ろう?」
「そうだな」
僕らは天州を出る。
またタクシーの中。
「谷脇、お前のセンスで、俺の学年で一番美人は誰?」
「うーん、迷うけど、川原百合さんじゃない?」
「おお、おお、いるな。百合ちゃんかー」
「兄さん、話したことある?」
「ねーよ」
「百合さんでさえも兄さんのこと好きだと思うよ」
「マジ?」
「ボクの先輩で百合さんの友達がいるんだけど、兄さんにほの字みたい」
「やりてーな」
「・・・、兄さん?」
「何?」
「今の兄さんが本来の兄さん?」
「ああ、言ってる意味がわかる。でも、美的な平行線ではないから、いずれ交わるんじゃない?」
「ボクはどちらも兄さんだと思うよ。ボクもやりまくろうかな」
「(笑って)、勝手にやれよ」
僕は、はっとして、
「お前、その先輩に電話できる?」
「今!?」
「百合ちゃんの家に行く」
「兄さん、無理言わないでよー」
タクシーは電話ボックスの前に停車。谷脇が車の中に戻ってきて、
「運転手さん、新富×条×丁目」
加えて、
「(呆れて)、兄さん、無茶苦茶だわー」
「サンキュー」
タクシーが二階建のアパートに着く。谷脇、
「そこの202号室だよ」
僕は階段を上がり、ドアの前へ行く。ピンポンを連打。ドアに耳を当て、探る。音がする。
僕は、車窓から見ている谷脇に、ガッツポーズをする。室内から、
「誰!?」
僕は一息ついて、
「三浦崇です」
「え!?本当!?」
「本当だよ」
作品名:フライド(ポテト+チキン) 作家名:みちゆき