我的愛人 ~我的愛人~
第四章
最初は軽く、唇が触れる程度に。
顕㺭が名残惜しくそっと唇を離す。
「お願いよ……顕㺭……もっと」
うっすらと目を開け、ねだる言葉を洩らす唇から、艶めかしく動く舌が垣間見える。
「もう吸わない?」
「え……?」
「阿片……吸わないと約束するならもっとあげるよ……」
婉容は横を向いて自分の親指を噛みながら暫し迷い、それからゆっくりと微かに頷いた。
「本当に?」
顕㺭は真剣な眼差しで強く念を押す。すると婉容はちょっと怯えたように今度は深く頷いた。
すると顕㺭は片手で婉容の顎を軽く押さえて顔を正面に固定し、物欲しそうに銜える親指をするりと引き抜いて、代わりにゆっくりと自分の舌を挿し込んだ。婉容の硬く強張った顎が次第に柔らかく滑らかになるに従って小さな喘ぎ声が洩れる。舌を絡ませ合い、貪りあって、苦しくなる度に息を継ぎ……それを何度も何度も繰り返して二人は漸く唇を離す。
手袋を外す顕㺭の細い指先の動きを、婉容の阿片に酔った潤んだ瞳が気だるげに追ってゆく。顕㺭は軍服の上着を鮮やかに脱ぎ棄て、肩から掛けていた拳銃を収めているホルスターをそっとサイドテーブルに置くと、もどかしい手つきでシャツのボタンを途中まで外してタイを緩めた。
「……これは……?」
婉容は思わず息を飲む。垣間見れる顕㺭のはだけた胸元にはケロイドにも似た痛々しい傷痕が刻まれていたからだ。
「驚いた? 古傷だよ……十七の時養父に姦られて銃で自殺未遂。死に損ないさ……それが僕が男装している理由」
傷痕をじっと見つめていた婉容の黒耀の瞳が瞬時に曇ったかと思うと、恐る恐る人さし指で優しくそこをなぞり始めた。
「顕㺭のここはすごく温かいのね……」
まるで神聖な領域に踏み込むかのようにそっと厳かに顔を埋める。
容赦ない無限の孤独で凍りついた婉容の心が顕㺭の胸のぬくもりでじっくりと溶けていく。この愛する人の柔らかな乳房の奥で規則正しく刻む穏やかな鼓動を聞きながら、このまま永遠にまどろむことができるなら!
「……私もね、貴方と同じよ。阿片を飲んだけれど死ねなかったの」
「馬鹿……婉容……何でそんなことを!」
「貴方に逢いたくて、でも逢えなくて……果てしなく続く孤独が怖くて……寂しくてどうしようもなくて……」
堰を切ったように溢れ出す言葉と涙は止まらない。二人は奪い合うように、与え合うように息も出来ないほど固く激しく抱き合った。
「やっとわかったんだ……僕の本当の名を呼んでくれるのは君だけだと。川島芳子でもなく、ましてや金璧輝でもない……愛新覚羅顕㺭……本当の僕を知っているのも、その名を呼んでくれるのも、この世でたった一人……婉容、君だけなんだよ!」
「愛しているわ……初めて逢ったあの日から……」
婉容の、次第に熱を帯びてきた唇から覗く可愛い舌が、顕㺭の唇の中に躊躇いがちに入って来る。
「駄目だ……そんなことしたらよけいに欲しくなる」
「言ったでしょう……私は貴方のものだもの。好きなだけいいのよ」
「……ああ……婉容!」
心に身体に癒えない深い傷を負った二人は、慰め合うように強く激しく求めあう。それが刹那の快楽でも構わない。この混沌とした謀略と殺戮と略奪に支配された狂気の国で、ようやく見つけた真実の愛は、未来すら見えない絶望の闇の中でこそ燦然と光輝くのだ。
作品名:我的愛人 ~我的愛人~ 作家名:凛.