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闇に咲く花~王を愛した少年~Ⅴ(完結編)

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「そなたが結局は予を選んだというのなら、予は過去にはもう、こだわらぬ。だが、これからは予以外の男のことを考えることは許さん。予の傍にて、予だけを見ていろ、良いな?」
 そんなはずはない。男なら、きっと嫌なはずだ。他の男の抱いた使い古しなんて、抵抗ないはずないし、何より誠恵は王をずっと騙していたのだ。もっと怒って当然だし、もう顔も見たくないと言われ、突き放されても当たり前なのに。
 判りきった嘘を吐(つ)く王に、誠恵は胸が締めつけられるような痛みを感じる。自分のために吐いた嘘。気を遣わせないための嘘だと判っているから、本当に優しい人だと眼の奥がじんわり熱くなった。
 心からの真摯な言葉に余計に泣けてきた。あんまり泣いてばかりいたら、嫌われるかもしれない。愛想を尽かされるかもしれないと思っても、涙は堰を切ったように後から後から溢れてくる。
「何故、泣く、―ん?」
 ふいうちで額に軽い口づけを落とされ、誠恵の頬が上気した。
「やはり、男の身で女として生きるのは嫌なのか?」
 誠恵は嫌々をするように首を振った。
「いいえ、嬉しくて泣いているのでございます」
「女とは哀しいときだけでなく、嬉しいときも泣くのか! あ、いや、誠恵は男であったな」
 光宗は屈託なく笑った。
 そのときの王の晴れやかな笑顔を誠恵は一生涯忘れないで、瞼に灼きつけておこうと思った。
「一つだけ約束して下さいますか?」
 二人は生まれたままの姿で褥に横たわっている。下になった誠恵に覆い被さった王が眼を見開いた。
「何なりと申せ」
 誠恵の面に花のような微笑がひろがった。
「もし、今度次の世で私が女として生まれ変わってきたら、必ず今度も私を愛して下さいませね」
「ああ、誓おう。今ここで、予は心から誓う。来世でも必ずそなたを見つけ出し、愛すると」
 光宗が力強く頷き、誠恵は微笑んだ。
 王の悪戯な指が気紛れに誠恵の胸の小さな突起を摘む。やわらかく指で押されると、誠恵の華奢な身体がピクンと跳ねた。
「―チ、殿下(チヨナー)」
 紅くなって上に乗った光宗を睨むと、彼は軽い笑い声を立てながら、更に顔を胸に近付け、桃色の突起を口に含み音を立てて吸った。
「ぁああっ」
 甘い喘ぎ声を上げ、誠恵の身体が活きの良い魚のようにまた跳ねる。
 光宗は意地悪な顔で含み笑いしながら、誠恵の耳許で囁いた。
「可愛いのは顔だけでなく、身体も同じのようだな。反応も随分と良いぞ?」
「殿下は意地悪にございますね」
 誠恵が負けずに言い返すと、光宗は嬉しそうな顔をした。
「よし、それではもっと意地悪をしてやろう。予はまた誠恵が欲しくなってきた」
 再び乳首を口に銜えられ、誠恵は悲鳴を上げた。
「どうだ、気持ち良いだろう?」
 跳ねる身体を押さえ込みながら、光宗が誠恵のすんなりとした両脚を高々と抱え上げ、彼の中にひと突きに押し入ってきた。
 ふいに訪れためくるめく波に押し上げられる。誠恵は艶めいた声を上げながら、高みからあまりにも烈しい快楽の淵に一挙に落とされ、意識を手放した。
 
 どれほどの刻が経ったのだろう。
 次に誠恵が意識を取り戻したのは、既に暁方に近かった。
 夜明け前の蒼さがまだ周囲に漂っており、誠恵はぼんやりとした頭で、ゆっくりと周囲を見回す。
 すぐ隣で規則正しい安らかな寝息が聞こえている。いかにも健康的な寝顔を見せている光宗をこうして間近で見ると、聖君と崇められる国王というよりは、十九歳の若者にしか見えない。
 誠恵の胸に愛しさが溢れ、彼は男の貌に自らの顔を近づけ、そっと頬に唇を寄せた。
 王は腕を誠恵の剥き出しの肩に回したまま、その大きな懐に抱き込むようにして眠っていた。
 この温もりから離れるのは辛い。
 でも、そろそろ行かなければならない。
 いつまでもこの男の優しさに甘えているわけにはいかないから、自分は行く。
 誠恵は肩に回されている手を外し、熟睡している王を起こさぬよう褥からすべり出た。
 手早く周囲に散らばっている夜着を身につけ、部屋を出る。その間際、誠恵はもう一度だけ、背後を振り返った。
 愛しい男(ひと)。
 どれだけの言葉を尽くしたとしても言い表せないほど恋しいあなた。
 もし、私が男ではなく女だったら。
 もし、私が貧しい農家の娘ではなく、両班の令嬢だったとしたら。
 そして、あなたが国王殿下などではなく、ただ人であったなら。
 私は、あなたのお側にずっといることができたでしょうか?
 私には判りません。
 あなたほどのお方が朝鮮の王としてこの世に生を受けられたのは、きっと天のご意思が働いているからでしょう。
 あなたにお逢いして、王は天が決めるものだという賢人の諺が真実であることを、私は初めて知りました。
 きっと何度生まれ変わっても、あなたは必ず聖君として民から慕われる王となられるでしょう。
 だから、せめて私は次の世では女として生まれ変わりたいと思います。
 どれほど貧しくとも、両班の娘でなくとも、少なくとも正真正銘の女人として生まれれば、今度こそ、あなたのお側にいられるでしょうから。
 さようなら、愛しい男。
 どれほどの言葉を尽くしたとしても、あなたへの私のこの想いを語り尽くせるすべはありません。
 誠恵は、しばらく光宗の寝顔を見つめ、やがて想いを振り切るように部屋を後にした。
 
 その一刻後。
 誠恵は町の目抜き通りをひた走っていた。
 東の空はまだ漸く薄明るくなってきたほどの早朝である。徐々に明るさを増す空を仰ぎ見ながら、誠恵の心は急いていた。
 宮殿を抜け出してきたのは良いが、これから先のことを考えると、見通しはあまり芳しくない。
 誠恵は少女の姿から、本来の少年に戻っていた。いや、十歳で月華楼に売られてきたときから、ずっと少女の格好をさせられていた彼は実に五年ぶりに〝男〟に戻ったということになる。
 華やかさには欠けるが、上衣とズボンという服装は女性のチマチョゴリに比べると、随分身動きしやすい。
「これはこれで悪くないな」
 誠恵は一人で呟き、慌てて周囲を見回して誰もいないことを確かめた。
 まだ朝も早い町は寝静まっており、普段は大勢の通行人が行き交う通りに面した家々も固く戸を閉ざしている。
 これからどうするかは、まだ、はっきりと決めてはいない。故郷の村に帰ることも考えたけれど、領議政は自分が村に帰ることなどお見通しだろう。もし、追っ手が放たれるとすれば、まず最初に赴くのが故郷に違いない。
 ならば、村に帰るのは、あの古狸に捕まえてくれと自ら頼んでいるようなものだ。
 彼は、逃げられるところまで逃げるつもりだ。あの方が王としてお歩きになられる道を、陰ながら見守っていたい―、そう願っているから、可能性がある限り、生きてみるつもりだ。
 月華楼の香月にはひとめ逢ってゆきたいが、これもまたあまりにも無謀だろう。香月は実の母のように優しくしてくれたが、結局、最後には見世を守るために孫尚善に誠恵を売り渡したのだ。一度顔を見せたら、あの男に連絡して、自分の存在を知らせるに違いない。
 とりあえずは東へ。日輪が赤々と空を染め上げて昇ってゆく方角に向かってみよう。