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闇に咲く花~王を愛した少年~Ⅲ

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―親は子が可愛いからこそ、必要以上に厳しくなるものにございます。
 だが、あれほど酷い傷痕が残るまで鞭打つのは行き過ぎではないだろうか。
 誠恵の心を見抜いたように、趙尚宮は続ける。
「大妃さまは二十二歳のお若さで未亡人となられ、先代さまの崩御と共に、世子邸下はお父君を失われました。頼りにする良人に先立たれた大妃さまは懸命なのですよ。早くに父君を失い、母親の手一つだけで育てていると侮られてはならないと世子邸下を殊更厳しくお育てしておいでなのです。それでなくとも、大妃さまの回りには色々なことを申す者たちがいます。国王殿下が実の兄君のお子である世子邸下を蔑ろになさるはずもないのに、廃世子になるかもしれぬ、などと余計なことを吹き込むのです。それで、大妃さまは余計に思いつめられるのでしょう」
「殿下は世子邸下のことをお心より大切に思われておいでです」
 誠恵が呟くと、趙尚宮は深く頷いた。
「私もよく存じ上げていますよ。それに、いつも殿下のお側にいるあなたがそう仰るのなら、間違いはないでしょうからね。張女官、女の幸せとは心からお慕いする殿方に添うことですよ。女官として入宮したその日から、私たちは〝咲いて散る花〟の哀しい宿命を負うことになります。後宮にあまたの女官がひしめいてはいても、殿下のお眼に止まることができるのは、ほんの一人か二人。あなたは、その稀なる幸運な方として選ばれたのだから、もっと素直になって殿下の御意を一日も早くお受けすることです」
 それからほどなく、誠恵は趙尚宮の部屋から下がった。
―女の幸せとは心からお慕いする殿方に添うことですよ。
 趙尚宮の言葉が心に痛い。
 だが、自分は〝女〟ではない。幾ら布を胸や腰に巻いて人眼をごまかし少女の姿をしていても、所詮は男にすぎない。男である自分がどうして光宗の愛を受け容れることができるだろう。
 光宗が普通の男であれば、誠恵はとっくに押し倒され、手籠めにされかかっていただろう。国王の地位にあり、望めば何でも意のままにできる人が一介の女官の意思を尊重して、辛抱強く誠恵の方から光宗の胸に飛び込んでゆくのを待ち続けている。
 衣服を脱がされれば、男だと露見してしまうから、その時、〝任務〟は失敗に終わるはずだ。〝任務〟が今も続行しているのは、光宗の優しさゆえかもしれない。光宗を暗殺するための〝任務〟を遂げる機会が生命を狙われる当の光宗の優しさによって与えられているとは―。あまりにも哀しいことだ。
 込み上げてきた涙を堪えきれず、誠恵は泣きながら廊下を走り、殿舎の外に出た。自分の部屋に戻ることも考えたが、他の女官に聞かれてしまう怖れがある。
 思いきり泣ける場所を探していたら、先日、世子と出逢った場所まで来ていた。
 それでも、声を立てないよう泣いた。だが、どうしても嗚咽が洩れてしまう。
 その時、ふいに背後から声が聞こえて、誠恵はビクリと身体を震わせた。
「緑花、どうしたのだ?」
 無邪気な声は誠徳君であった。
「―世子邸下」
 誠恵は涙を拭い、深々と頭を下げる。
「今日もまた、お一人でございますか?」
「ああ、でも、今日はちゃんと母上に申し上げてきた」
「まあ、さようでございますか」
 誠恵が微笑むと、何故か幼い王子は紅くなった。
「そなたの言葉を思い出したのだ」
「私の言葉、にございますか?」
 王子があどけない声で言う。
―我が子の可愛くない親がこの世にいるはずはございませぬ。
「あれを聞いてから、私は考えた。母上のお心をよく理解しようともせず、勝手に母上を誤解するのは、とんでもない親不孝なことではないか。ゆえに、勇気を出して、母上にお話してみたのだ。私のどこが至らず、母上をお哀しみさせ、鞭打たせるのでございますかと申し上げたら、母上はいきなり私を抱きしめて、お泣きになったのだ。あんなにお泣きになった母上を見るのは初めてだったが、どうやら、母上は私の気持ちを判って下された。子の躾は厳しくすれば良いものではないらしいなと仰せであったぞ」
 何という聡明な王子であることか! 聖君と呼ばれ民から慕われる王と、七歳にしてこれだけのことを悟り言葉にできる世子。この二人がいれば、この国は未来永劫、繁栄を続けるに相違ない。
「それは、よろしうございました。世子邸下、実にご立派でございますよ」
 賞められると、王子はますます紅くなる。
 照れた王子は面映ゆそうに言った。
「そなたのお陰だ。誰も私にあのようなことを教えてくれた者はいなかった。ところで、緑花、この前は私が泣いていたが、今日は、そなたが泣いている。一体、どんな哀しいことがあったのだ?」
 誠恵が応えあぐねていると、王子は勢い込んだ。
「もしかして、趙尚宮に叱られたのか?」
 この幼い世子も趙尚宮の怖さはよく知っているらしい。こんなときながら、おかしくなってしまう。
 不思議だ。この王子と一緒にいると、村に残してきた弟を思い出す。心が和むのは、そのせいだろう。
 誠恵は鹿爪らしく首を振る。
「いいえ、世子邸下。趙尚宮さまは、とても良くして下さいます。時々、物凄く怖いときもございますけれど」
「そうだろう? 趙尚宮は〝怖いお婆さま〟だと国王殿下も仰せであった。私も悪戯をして、何度も叱られたぞ」
 と、またしても当の趙尚宮が聞けば、怒り狂うだろう話になった。
 二人はしばらく顔を見合わせていたが、やがて、どちらからともなく吹き出し、声を上げて笑った。その時、二人の脳裡にカンカンに怒っている趙尚宮の顔が浮かんでいたのは言うまでもない。
「良かった、泣いていた緑花が笑った」
 嬉しげに言う王子に、誠恵は微笑む。
「世子邸下のお陰にございます」
 そのときだった。
「国王殿下のおなり~」
 内官の先触れの声が響き渡り、国王を中心とする一団が近づいてきた。
 緋色の天蓋を高々と掲げた内官が光宗の後ろから付き従い、大殿付きの内官、尚宮、更には大勢の女官が静々と続く。
「二人とも、やけに愉しそうではないか」
 光宗の機嫌の良い声がして、王子と誠恵は慌てて頭を下げる。
「世子は流石は予の甥だ。早々と緑花の知り合いになっておるとは」
「叔父う―」
 言いかけて王子は慌てて言い直した。
「国王殿下」
 いつも大妃からくどいほど念を押されている。
―たとえ、あなたの叔父上ではあっても、あのお方は国王殿下なのです。お逢いしたときには叔父上とお呼びしてはなりませぬ。国王殿下とお呼びして、礼を尽くすのです。
「何だ、何だ。予は間違いなく、そなたの叔父ゆえ、叔父上と呼びたければ呼ぶが良い。何を遠慮することがあろう」
 光宗がにこやかに言うと、王子は嬉しげに叫び、光宗に抱きついた。
「叔父上!」
 たまにしか逢えないけれど、いつも優しく遊んでくれるこの若い叔父が、世子は大好きなのだ。
 光宗は世子を抱き上げると、破顔した。
「ホウ、これは、しばらく抱かぬ中に大きくなったな。緑花、子どもの成長とは実に早いものだ。ついこの間までは、おしめをした乳呑み児であったのに」
 傍らの誠恵を振り返りながら、明るい声で言う。
「叔父上、私は乳呑み児でもございませんし、おしめもしておりませぬ!」