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闇に咲く花~王を愛した少年~Ⅱ

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 彼は、大殿内官として常に光宗に近侍している。しかも懐刀と目されている左議政にすら相談できないようなことでも、王は彼に打ち明けた。恐らくは年が近いこともあり、主従というよりは友達感覚で相談を持ちかけられているのだろう。ゆえに、若い王がいかほどあの女官に心奪われているか、柳内官は知らぬわけではない。
 国王自らが正式な側室としたがっているのに、肝心の張女官の方が辞退しているらしい。
 公に側室と認められれば、位階も賜るし、独立した殿舎を与えられる。一女官―しかも下級女官でいるよりもはるかに待遇も良くなることは判っているはずなのに、何故、張女官がそれを拒むのかも謎に思える。
 張女官に完全に惑乱している光宗などは、それが恥じらいと遠慮と受け止め、かえって寵愛に甘えることない慎ましやかな女だといっそう好ましく思っているようだ。
 彼は光宗の伯父である左議政が好きではない。あの取り澄ました何を考えているか判らないような君子然とした態度が嫌なのだ。人好きがするという点では、領議政孫尚善の方がよほどマシだ。
 とはいえ、孫尚善は世子の外祖父であり、彼が生涯の忠誠を誓う光宗とは真っ向から敵対する立場にある。あれが敵でなければ、領議政はたいした男だと広言しても良い。懐が広く、男気がある。策略家で、とことん冷酷になれる面も持っているが、そんなことは朝廷で幾度もの政変をかいくぐり生き抜いてきた廷臣であれば、当たり前のことだ。
 それはともかく、左議政もまた、張女官の存在に関しては危機感を抱いているらしい。大殿をしきりに訪れて拝謁を願っては、張女官を遠ざけるように進言している。左議政はいけ好かない男だが、この点に至っては全く柳内官も同意見であった。あの女―張女官は光宗を脅かす存在となるだろう。
 が、目下のところ、あの女は至って大人しく、何をする動きもない。むしろ位階を与えると言い張る王に〝側室にはなりたくない〟と駄々をこねているという。それこそが柳内官が彼女をして女狐だと思わせる最大の要素なのだが、彼女を熱愛している光宗には相変わらず謙虚さという美点にしか映らないのだから、困ったものだ。
 張女官が尻尾を出すようなことがあれば、それを捕まえ、理由として宮殿から追放―最悪の場合、生命を奪うこともできる。しかし、何も事を起こさない中は、排除する理由というか名分がない。左議政もそのため、張女官の存在を黙認しているのだ。
 もしかしたらと、柳内官は意気込む。この薬がその突破口になり得るかもしれない。彼は尊敬する尚薬を探すために、薬房を後にした。

 柳内官が大殿に戻った時、既に光宗は昼餉を終えていた。膳のものもすべて下げられており、王は一人で書見をしている最中だった。
 執務室に入ると、彼はまず深々と頭を下げた。
「国王(チユサン)殿下(チヨナー)」
「何だ、柳内官か。どうしたのだ、昼食のときにはいつも傍にいるそなたの姿が見えなかったが」
 光宗は顔を上げて、柳内官を見る。
「そのことで、お話がございます」
「判った。話してみよ」
 鷹揚に頷く王に、彼は一礼して近づいた。
「ところで、殿下は先ほど食後にいつもの薬はお飲みになりましたか?」
「いや、今日は薬は用意されていなかった。珍しいこともあるものだと思ったのだが」
 柳内官は声を潜めた。
「実はその件につきましては、私の方で尚薬さまに申し上げて煎薬をこちらへお持ちするのを止めて頂きました」
「今日に限って何故だ?」
 王は不思議そうに訊ねた。
 柳内官は、いっそう声を落とした。
「殿下、何者かが殿下のお飲みになるはずのお薬に毒を潜ませようと致しました」
「―!」
 流石に、滅多と物事に動じない王も顔色が変わった。
「つまり、それは誰かが予を毒殺しようと企んだと、そういうことだな」
 念を押すように言う王の顔は強ばっていた。
「畏れ多いことに、そのようでございます、殿下。丁度、私は、その者が薬房から慌てて出てゆくところを目撃致しました。恐らくは、その不届き者は、薬を煎ずる土瓶に毒を入れて逃げようとしていたものと思われます」
「何と、警護の厳しいこの宮殿でそのような忌まわしきことが起こるとは。嘆かわしい限りだ。して、その者は既に捕らえたのか?」
「いいえ、捕らえる前に、まずは殿下にお話ししておいた方がよろしいかと思いまして」
 王は訝しげに眼を眇めた。
「さりながら、すぐに捕らえねば、既に逃亡しているやもしれぬぞ。そなたにしては手緩いのではないか、柳内官?」
「申し訳ございません」
「その者をすぐに捕らえられなかった理由でもあるのか?」
 流石は賢明な光宗だ。読みは早かった。
「はい、ご賢察のとおりにございます。実は、薬房から出てゆくのを見た者というのが張女官でございました」
 彼は、張女官に何をしているのかと問いただしたこと、対して張女官は趙尚宮の頭痛薬を探しにきたのだと応えたことなどをかいつまんで報告した。
「まさか、そのようなことがあるはずもない」
 光宗の顔が怒りに染まる。寵愛の女官が自分を毒殺しようとしたと指摘されたのだ、動揺せぬはずがなかった。
「そなたは、緑花が確かに毒を入れるところを見たのか?」
 鋭い眼で射貫くように見つめてくる王を、柳内官もまた静かに見つめた。
「いいえ、毒を混入するところそのものを見たわけではございません。しかしながら、殿下、張女官は私が薬房に入ってきた時、明らかに尋常でなく狼狽えておりました。彼女がその前、つまり私に出くわす直前に毒を潜ませたと考えるのは、ごく自然な推理です」
「馬鹿な、たわ言を申すのもたいがいに致せ。緑花の存在は公にはしておらぬが、あれが予にとっては特別な女だとこの宮殿で知らぬ者はおるまい。予に最も近いそなたがそのことを知らぬはずはないのに、何故、根拠のない罪で予の大切な女を貶めようとする? 大体、そなたは毒薬だと言い切るが、その薬に毒が仕込まれているかどうか、実際に確かめたのか?」
 光宗の語気はその怒りのほどを物語るかのように鋭い。
「むろんでございます。私にも多少は医術の心得はございますゆえ、すぐに、おかしいと思いました。ひと口舐めただけで、混入された毒がかなりの強いものだと確信致しました。それも、すぐに効くのではなく、ある一定期間をおいて、効果を現す毒にございます。仮に今日の昼にお飲みになれば、早くて明日の朝、遅ければ夜に殿下は大量の血をお吐きになり、畏れ多いことながらご落命されていたに相違ございませぬ。私の申し上げることにご不審がおありならば、尚薬さまにも同様のことをご下問になってみて下さい。念のために、既に尚薬さまにも毒薬であるかどうかは確認して頂いておりますゆえ」
 土瓶の底に残ったわずかの薬を舐めた尚薬は、確かにこう言った。
―これは、怖ろしい猛毒だ。もっとも、我が国では自生しておらず、明から渡来する荷に紛れて、ひそかに入ってくると言われておるほどの珍しいもの。呑んだ者は血を吐きながら、のたうち回って死に至るという。
 既に老齢に達していると言って良い尚薬は皺深い顔に埋もれた細い眼をしばたたかせながら話してくれた。