忘れていた風景
「驚かせたね。サイトのハンドルネームとかね、小説家のペンネームと同じだね。それが画号だよ。なぜかこの栗原久という名前が気に入ってしまったんだ」
「あなたが父ということ?!説明して」
中野は里子が出て行った直前のことを話した。
中野に絵を続けさせるために、彼女は姿をくらましてどこかで美里を産み、一人で立派に育て上げたのである。
美里はクローゼットから、二十五号の風景画を出してきた。
「母が大事にしてた絵よ」
手前の池の向こうの冬枯れた木立と、遠い山脈を描いた絵である。その絵に、確かに同じサインがあった。中野は二十八年前に描いたその絵を見ると、ひどく懐かしい気持ちだった。
これを持って里子は出て行ったのだと思うと、その後の自らの体たらくが情けない。
現在の美里と同じ年頃の里子を、不思議な気持ちで中野はいとおしく想い出し、そして、哀しくなった。
「お母さんは、結婚しなかったんだね」
中野は眼を潤ませて訊いた。
「そうよ。最後までね」