忘れていた風景
美里は大粒の涙を床に落とした。
「子供だったわたしと、心中しようとしたことも……」
美里は泣きながら云った。
「よく頑張ったな」
里子のその後半生は、苦労の連続だったろう。そして、寂しかったに違いない。切ないことだと、中野は思った。彼の胸に熱く、痛みが生じた。中野のまぶたからも、涙が溢れ出た。何も見えなくなった。それは、過去の一切を、何もかもを流し去ろうとするようだった。
「ずっと、お父さんに会いたかった。お父さんも、会いたいと思ってくれてたの?」
美里はハンカチで顔を覆いながら尋いた。
「会いたかったさ。勿論だよ」
会いたかったのは里子にだった。美里の存在を、中野は知らなかった。そして、ポプリの香りをもう一度つよく感じていた。
了