忘れていた風景
中野はフローリングのアトリエの、中央に立ち三百六十度身体を回転してみたが、その絵らしきものは、見当たらなかった。
「コーヒーでいいわね」
「あっ。済みません。オーケーです」
笑顔の美里は出て行った。
いくつもの、美里の絵を見ることができた。幻想画というのだろうか。そのようなものが多かった。意外だった。母親の先を行っている気がした。子は親を踏み越えて行かなければならない。そんなことばが不意に浮かんだ。
中野の両親は貧しい労働者だった。だが、彼らがこの日本という国家を発展させてきたのである。中野は親の領域に達していない、自らの矮小さを感じた。
「コーヒーをお持ちしました」
いつもパレットを置いているらしい小さなテーブルに、美里は盆を置いた。
次いで、彼女は折りたたみ椅子を二脚持ってきた。
中野がそれをテーブルの近くに置いた。
「ついに、来たのね」
「やって参りました」
「……」
「……」
「どうぞ」