忘れていた風景
間もなく玄関の扉が開き、笑顔を輝かせて美里が現れた。美里は中野を門の中に入れると、
「男性のお客様は初めてよ」
と、笑いながら云った。
「そう?今朝ね、サイトの小説を読んだよ。『お下げ髪の少女』っていうんだけど、読んだ?」
「あれね。読んだわ。わたしは一気に読んだのよ」
広い玄関に入った。
「あっ。ポプリだ」
「敏感ね」
「頭は悪いけど、鼻だけはいいんだ」
「顔もいいわよ」
美里の笑顔が今まで以上に魅力的に感じられた。
「なんだか、急に美人になったね」
「酔ってるのね。朝から飲んじゃだめよ」
美里のあとを追って、階段を上って行った。
「だめおやじだからねぇ。困ったもんだ」
「……ショッキングな報告があるの」
「怖いね。気が弱いんだから、脅かさないでよ」
美里は扉を開けて広い部屋に入った。中野もその部屋に入った。ポプリの香りがつよくなった。湖畔のあのホテルの炬燵の部屋と、ほぼ同じ広さの明るいアトリエだった。
「本当はね、オフ会の日に、既に判ってたの。母が飾ってた絵はたくちゃんが描いたものではないこと。だって、サインが全然違うのよ。最初から、絶望的だったの。ごめんなさい。騙すようなことして」