忘れていた風景
中野は美里の住所を告げ、カーナビに入力するように云った。慌てて乗務員はそれを入力した。
「近くて済みません。不景気で大変でしょう」
「そうですね。最近は遠くへ行けませんね」
「そのうち良くなるでしょう。頑張ってください」
美里の住まいまで、十分弱だった。
「お待たせしました。料金は九百八十円でございます。お忘れ物にお気を付けください」
「希望を持ってください。持ってる人は持ってますからね。ロングに期待しつつ、期待し過ぎず、頑張ってください。おつりもレシートも要りません。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。お客様もお仕事はタクシーでしょうか」
「そうです。お互いに、頑張りましょう」
美里の家は庭付きの一戸建てだった。敷地は四十坪と、想像した。「中野」という表札のある門の、インターホンのボタンを押した。
「おはようございます。私も中野と申します」
「おはようございます。お父さんね。少しだけお待ち下さい」