忘れていた風景
中野は遠慮がちに話し始めた。
「……坂の途中に立っているとき……」
「坂道ね」
ユウさんが確認する。
「そうです。急な坂道で立ち止まっているときは、つま先上がりと、つま先下がりではどっちが楽か、という話です」
「どっちかしら」
カノンさんはまた真剣な表情になって云った。
「それが今、世界中で論議されているんです」
「そうなんですか?聞いたことないな」
神風氏は笑いながら云った。
「これは、あくまでも立ち止っている場合の話ですからね、登らない話でもあり、下らない話でもあるわけです」
「そりゃあ、確かに下らない話だ」
三振男氏はそう云って笑ったが、ほかの人たちは期待外れだったようだ。
「じゃあ、真冬の寒い夜の笑える話」
と、笑顔の中野。
「今日は凄く暑いから、真冬の話に救われるかも」
ユウさんが微笑みながらそう云った。