忘れていた風景
タクシーの乗客が若い女性だと、中野は美里との比較をしてしまう。話してみるとまるで別の人種のような気がする。美里とは会話が或る程度スムーズに流れて行く。タクシーの乗客とはあまり話が弾まなかった。
最近では唯一、書道の先生との会話が面白かった。その女性は誰でも知っている、或る展覧会の審査員だと云っていた。痩せて、眼鏡をかけていた。
「当番」なのだと云って、かなり遠いところから飛行機できたのだと云う。
「レベルが高いんでしょうね」
「それはもう、最高ですよ」
「抽象画は受け付けませんね」
「はい。具象画の大家が多いんです」
「昔はよく上野へ観に行きました」
「そうですか。六本木に移ってからはもう五年くらいになるかしら」
「そうでしたか。先生は風景画はお描きになりますか?」
「わたしは書道の方ですのよ」
中野里子について聞こうとしていたので中野は落胆した。