忘れていた風景
その絵との対面
或る一流デパートの本店で催された「中野里子遺作展」は、盛況だったらしい。美術雑誌は勿論のこと、新聞にも美術評論家の批評が出た。専門家筋でも、おおむね好評だったようだ。
中野は観に行きたいとも思ったが、一週間だけの会期中はずっと乗務していて行けなかった。
「明け」の日は充分に休養しないと翌日の乗務に多大な影響を及ぼすのである。稼ぎ時に車の中で寝込んでしまったりする。
極端に悪い営業成績のために、営業所長から叱責されるのは避けたかった。
その会期が過ぎて一週間後、美里からのミニメールが久しぶりにきた。
「お父さんお元気ですか?わたしの仕事はマイページでは『事務員』ということにしてあるけど、本当はそれプラス画廊経営と事務、プラス絵画教室の教師と管理者なの。
絵画制作は趣味みたいなものよ。
この前の母の遺作展は三回忌に合わせてやったのよ。ばかよね。疲労困憊で、ぼろぼろだわ。
お父さんの絵は、次の日曜日、お仕事じゃなかったら持ってきてください」