忘れていた風景
「見たいな。どうなんだろう。
その絵は」
「わたしが生まれる前からずっと、常に飾られていた絵だから、下手な絵ではないわよ」
「今度サイトに出した絵を持って行くよ。そのときに見せてもらおう」
「来週から母の遺作展があるから、それが終わったらね」
「そうか。『大変なこと』が済んだらとか、オフ会のあとで云っていたね」
「云ったわね。あの晩……お父さんの名前は……」
「私は中野清でございますよ」
「それは本名よね」
「そう。親がつけてくれたありがたい名前だよ」
「中野清か。あー、ちょっと眠くなってきた」
昨日の疲れが作用しているのだろう。絵画制作は、思いのほか疲れるものなのだ。
「深夜はお客さんが眠ってしまうことが多いからね。気にしないでどうぞ」
「そう?少しだけね。ごめんなさい」
美里は間もなく顔を背ける形で眠りこんでしまった。
中野は美里が云ったことについて考えた。美里の父が中野であるかも知れないという可能性を、当初は彼女が主張していた。その後、それを云わなくなった。なぜなのだろう。「親子ごっこ」をしているうちに気持ちが変わって来たのだろうか。それはどういうことか。
逆に、中野は美里との血縁を感じ始めていた。会っているうちに、単に馴染んだからなのかも知れない。情が移るという現象が起きている。
絵を渡したら、縁を切るべきだと思う。あとは美里の幸福を祈るのみ。それでいいと思う。