忘れていた風景
「色々都合というものがあるでしょうけど、注文された順番に出すべきだと思いますよ」
「順番を間違えました。お詫びに、お好みのものを六貫、握らせて頂きます」
それに対して中野は、
「大トロ、アワビ、ウニを二貫づつ、大至急お願いします」
そう、云って平然としていた。
主人は顔色を変えて奥へ戻った。
店から出たとき、美里は中野の頬にキスをした。
「気取った云い方しちゃって、でも、お父さんを余計に気に云ったわよ」
「ミーちゃんが黙ってたら、私も黙っていたと思うけどね」
「横入りされるのって、嬉しいことじゃないわね」
「されたら抗議するべきだよ。その意味で、私もそれほど好きじゃないアワビを持ってこさせた」
「大トロとウニは好きなんでしょ?」
「気分的なものだろうね。これは美味い!とは思わなかったな」
「何しに行ったのかなって、思うわね」
「忘れよう。でも、昨日の夜の大トロとステーキは、忘れたくないな」
「凄く美味しかったものね。気分が大事ね」