忘れていた風景
身に浸みる新鮮な冷気の中での入浴は格別だった。中野が温泉に浸かっている間に、朝食が届いていた。
「おはよう。豪華な朝食ですなぁ。この一泊は冥土の土産だね」
「そんなこと云わないで。まだまだ先があるでしょ」
「そうだな。レッツポジティブシンキング!」
「そうよ。そうでなくちゃ。おとうさん」
その輝くような美里の笑顔を、これまでよりも魅力的に中野は思った。抱きしめたいような気持になっている。それをなだめるように彼は云った。
「栗ごはんがおいしいね。フランスでは栗をマロンとは云わないんだよ」
「そう?じゃあ、何っていうのよ」
「セテーニュっていうんだ。マロンはマロニエの実だから食べられない」
「すっごい!お父さん尊敬しちゃう」
「タクシーの客が少ないから、ラジオばっかり聞いてるんだよ」
「でも、一度で憶えるお父さんは半端じゃないわ。娘の誇りよ」
「叩けば埃は幾らでも出るよ」