忘れていた風景
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そのあとの豪華な夕食は客室で味わうことができた。山菜料理が中心だったが、名物のゆばや鴨肉などのほか、中野の大好物の鮪の大トロと、今までに食べたこともない極上のビーフステーキが出された。食事中にビールを二本追加した。
「大トロとステーキは、お父さんの好物だから特別に注文しておいたの」
「そうかぁ!それはありがたい話だけど、何が好物だとか、云った記憶がないよ」
「サイトのマイページにプロフィールを書いてあったからよ」
「去年から更新してないからね。書いたこと忘れてたよ。しかし、ありがたいことだね」
「わたしって、孝行娘でしょ」
「本当に、心底ありがたいね。でき過ぎの娘だよ。ミーちゃんは」
「だけど、ここに着いたとき、玄関で笑ったでしょ。なぜ笑ったりしたの?」
「中野という名前で予約したんだろ。随分親子ごっこにはまってるなぁ、と思ったんだよ」
美里は急に立ち上がるとクローゼットの方へ行き、その中の荷物から自分の免許証を持ってきて見せた。
そこには「中野美里」という姓名があった。
「これは驚いたな。偶然というものは……」
「わたしの本名なの」