忘れていた風景
「そうだったんだ……」
「亡くなった母は中野里子。女流風景画家協会の理事をしてたの」
中野はかつての恋人、原島里子が、改名をしたのかも知れないと思った。彼女の彼への想いには、そんな行為を生むだけの激しさがあったのだろうか。また、里子の絵の才能には、彼も一目置いていたのだが、知らないうちに彼女がそこまで出世していたことに、中野はただ、驚くばかりである。
その半面、中野は相変わらず一介の日曜画家でしかない。しかし、まだ人生は残っていると、彼は思った。
「お父さんの絵の才能って、ミーちゃんから見るとどうかな?」
「デッサン力もあるし、特有の個性と魅力を感じているの。わたしは好きよ。」
「ありがとう。だけど、ミーちゃんは実力派だね。公募展に出してる?」
「世襲みたいで厭なんだけど、女流風景画家協会の会員よ」
「やっぱり!今日のも素晴らしかったよ。感動したよ。嘘じゃない」
「ありがとう。お父さんにそう云ってもらえると、心から嬉しい気持ちよ……十一時だわ。もう就寝時間ね。寝室はこの隣にあるのよ」
それを聞くと中野は更に驚かされた。ここの宿泊費がどれくらいなのか、見当がつかなかった。恐らく、美里の母は相当の財産を遺したのだと思った。