忘れていた風景
「湯けむりに、乙女も染まる、紅葉の湯」
美里は笑って拍手した。
「季語も入って名句じゃない。さすが歳の功」
「ひとこと余計だけど、まあいいか。……いやいや、しかし極楽だよ」
「このくらいの熱さって、好きだわ」
「そうだねぇ。いい湯加減だよ。至福のときだねぇ」
「そうね。でも、今までにもっと幸せだったことがあったでしょ?」
「過去は棄てたんだ。心の中は未来のために開けてある」
「かっこいい!今日のお父さん、冴えてる」
「おだてられて、うんちくをひとくさり」
中野は微笑みながら云った。
「どんなこと?」
「緑だった葉の色が秋になると、モミジもイチョウも変わるよね。だけど、その仕組みは全然違うんだ」
「黄色と紅だから、色が先ず違うわね」