忘れていた風景
「あらあ、やっぱり。わたくしの家にあなたのお母さまの作品がありますの。今度見にいらっしゃらない?」
周囲が騒々しいので名字が聞き取れなかったが、「さとこ」と云うのだけ、中野の耳に聞こえた。
ショックだった。彼が美里の本当の父親である可能性が高まった。絶対にそうではないという確信もない。仮に美里が中野の実子だとしたら、どうすれば良いのだろうか。DNA鑑定でも受ければそれは証明されるのだろうか。それが証明されたならば、喜ぶべきなのだろうか。
美里はイーゼルからキャンバスを外し、未使用のキャンバスと向かい合わせにキャンバスクリップでとめた。
中野も同じ行動をとった。
数分後には周囲の人影が激減し、中野は急に寂しいような気持ちになった。
「帰りは道が混むかも知れないから、もう帰らないとね」と、中野が云った。
「えっ!ああ、云ってなかったのね。宿泊すること」
美里は微笑んでいる。
「そんな贅沢はできないなぁ。超貧乏な雲助には」