忘れていた風景
「そうなの?その頃はビデオあった?」
「馬鹿にしてるね。あったよ。そんなに昔の人間じゃ……でも、あの頃は携帯電話もなかったな」
「じゃあ、やっぱり生きた化石ね」
美里は眼を細めながら云った。
「おいおい。そこまで云うかよ」
中野も笑いながらキャンバスに最初の線を鉛筆で描き始めた。
午後三時過ぎにはふたりとも、湖水に映る紅葉の絵を描き終わった。
中野は美里の作品に感動した。そのデッサン力、色彩の美しさ、感性の素晴らしさは、中野を打ちのめした。
背後にはいつの間にか大勢の観光客が居て、美里の絵を称賛している。数えると見物人は百人以上だった。少し離れた場所で描いていた老人のグループも見にきていた。美里は質問攻めの中で描いていた。隣で描いていた中野もいろいろ質問されたが、美里のほうに人気は集中した。
「ご両親も絵描きさんでしょう?」
上品な笑顔の老婦人がきいた。
「はい。隣に居る父も、それに生前は母も女流画家として成功した人物でした」
「お母様は何といういうかた?」