忘れていた風景
「雲助?お父さんがそうなの?」
「シータクのチャンウンだからねぇ」
「全然、云ってることが見えない」
「タクシーの運ちゃんということです」
「そういうことね。大丈夫よ。気にしないでください」
「そう。じゃあ、またお世話になるか」
美里は中野の左腕を抱きかかえた。
「おとうさん。好きよ」
若い女は真剣な表情で云った。
中野は笑いながら云った。
「お父さんもだよ」
「ほら、向こう岸に見えるでしょ。あそこ、予約してあるのよ」
小ぢんまりとした温泉ホテルという感じの建物がいくつか並んでいるのが見えた。
間もなく走りだした車の中で、美里は上機嫌である。
「露天風呂もあるわよ。ええと、泉質は硫化水素泉だったかな。湿原に源泉があって、温泉が湧き出るところも見られるそうよ」
「とりあえず露天風呂に浸かりたいね。おっ、温泉のかおりが漂ってきた」