忘れていた風景
中野が近所の大きな公園の場所を報らせると、折り返し美里は車種と塗装色とナンバーを報らせてきた。
「寝る子は育つというのでもうおやすみなさいです。明日が愉しみです。精神年齢だけは若い父より」
「今はマンションのバルコニーから少し秋色の街並みを描いています。わたしはお花を描くことが少ないです。だって、必ず枯れて花びらが散ってしまうから。だから本当は紅葉も哀しいと思ってしまいます。もしも泣いたら、慰めてくださいね。両方とも若い娘より」
ウィスキーだけでは身体に良くないと思い中野はいつものホワイトソースのパスタを調理して食べながら飲んだ。いくつかマイフレンドの日記を読み、コメントを書いた。
海外旅行をするサイトの会員が多い。中野は海外へ行ったことがない。だから海外旅行の話は好きではない。海外旅行の話イコール自慢話としか思えないのである。金と暇があれば毎週だって海外へ行きたい。油彩で風景画を描く人間にとって、海外は宝の山という感じがする。どこでも探すまでもなく絵になる風景が転がっている気がする。
日本から脱出するだけで、すぐに一流の風景画家になれそうな気さえする。サイトで見られる海外の写真や海外でスケッチしてきたものを見ると、そう思わずにはいられない。はっきり云って下手でも海外で描いて来たものはどれも悪くない。どうして日本にはガサツな風景しかないのだろうか。どこへ行っても風情のない建物ばかり。絵に描きたいような住宅など、滅多にない。電柱、電線が常に風景を乱雑にし、広告は悪趣味なものばかり。