忘れていた風景
「だけどなぁ、お母さんが来てくれてたんだろう。辛かったぞ、お母さんも。肩身の狭い想いをして、学校に来てたんだぞ」
「……」
美里は更に激しく泣いた。
「みーちゃんの辛い気持ちもわかるけどなぁ」
そう云いながら、中野は通行人を気にして視線を周囲に走らせた。
数分後に美里は立ち上がり、泣き腫らした眼で無理に笑ってみせた。
「じゃあ、行こうか」
「……優しいね。お父さん」
「そうだった?逆だったよ。ごめんね。……お父さんなんて呼ばれるのは、八百屋へ行ったときくらいだなぁ」
「八百屋さんへ行くとお父さんって呼ばれるの?」
「そこのお父さん、今日はナスが安いよ!なんてね」
美里は笑った。
「そうなんだ。じゃあ、魚屋さんでもお父さん、今日は秋刀魚が安いよって、云われるでしょ」