忘れていた風景
親子ごっこ
朝の八時に眼が覚める直前、中野は祥子と肩を並べて遊園地のアトラクションの船の上に居た。別れた妻が夢に現れたのは、数年振りだと思った。別れたのは七年前だった。船が暗い洞窟の中に進んで行ったとき、彼は祥子の顔を両手でとらえて口づけをした。長い洞窟の中から明るい水路に出るまでの口づけ。なぜかほっとしたような気持ちで離れたとき、その相手はミーちゃんこと、美里だった。中野は夢の中で驚いた。
里子の娘が美里。あり得ると思った。里子は一人で出て行ったのではなく、ふたりだったと、考えることもできた。
今度会ったら美里の姓を尋いてみようと、中野は思った。
パソコンの電源を入れてから、中野はミルで豆をひき、コーヒーを淹れた。パソコンの横のテーブルへカップを運んだ。
仕事中の食事が安い牛丼でも、コーヒー豆だけは妥協しない。好みのものを焙煎だけは
してもらい、専門店で買っている。休日に飲むウィスキーも、最も好きな味のものを買う。
それだけは譲らない。
パソコンをサイトにアクセスすると、マイページに紅い文字で二行が表示された。
「たくちゃんさんの写真に拍手されました!」
「たくちゃんさんにミニメールが1件届いています!」