忘れていた風景
「でも、ご両親が心配しているでしょう」
「何か注文しないと、お店のひとに悪いかな」
若い男を呼び、カラー印刷の大きなメニューを見ながら彼女は料理を注文した。
「云ってなかったわね。わたしには親がいないの……」
ミーちゃんは寂しく笑った。
「ごめんなさい。拙いことを訊きました」
「一昨年母が病気で亡くなったし……」
「お父さんが去年とか?駄目だな。ひとこと多くて……」
「父には会ってないんです。たくちゃんいいひとだからこの際云ってしまおう。父は、母とわたしを棄ててどこかへ行ってしまったの。蒸発してしまったのね。母はあまり話したがらなかったけど、多分新しい恋人ができたのよ。推測というか憶測というか、真相は判らないの。父は、というか、実際は内縁関係だったけど、要するに私は私生児というわけね。父は絵を描くのが好きな人だったらしいわ。私も絵を描くのが好きで美大にも行かせてもらったから、段々父を憎む気持ちは薄れてきたの。最近は、もし生きていたら、会いたいと思っているわ。変かな?」
「そんなこともないでしょう。どういう事情で別れたかは、その人に聞かないと判らないし……」