忘れていた風景
「最近、亡くなってしまった作家の話です。凄くエネルギッシュな行動派でしたが、そういう人に限って短命なんですね。しかし、私たちも派手にドジをやりましたね。駅へ向かっていたのに居酒屋に居ますからね。電車で眠ってしまって、仙台で眼が覚めたとか、気が付いたら甲府だったなんて、そんな話を聞いたことがあります」
「ここだけの話だけど、わたしは小田原まで行ったことがあるの」
ミーちゃんは声をひそめた。
「そうなんですか!
……私も、平塚まで行きました。真冬の朝で、あのときの真っ白な富士山が今も眼に浮かびます」
「タクシーの人は朝帰るからなのね……ところで、ここはどこの居酒屋?」
ミーちゃんはもう一度、かなり焦った顔で云った。
「……何しろ記憶がありませんからね」
中野も深刻な顔で云った。
「まさか小田原じゃないでしょうね」
「そうだとしたら、箱根にでも行きますか?」
少し笑いながら、中野は云った。
「温泉に入ったりして……」
ミーちゃんも少し笑った。