忘れていた風景
いつの間にかミーちゃんが中野の隣を歩いていた。可愛らしい笑顔だと、中野は思った。
「明日の日曜日も公休だけどね。ミーちゃんも夏バテしないように、寝冷えして夏風邪にかからないように、気をつけて頑張ってください」
中野も笑顔でそう云った。
「ありがとう。そうだ、『或る日突然』完璧だったね。愉しかったわ」
ミーちゃんはそう云った。
「いい声でしたね。アオ鳥恵美子がくしゃみするくらいでした」
「わかった。面白いひとね、たくちゃん。白鳥恵美子も真っ青ということね」
「感動ものでした。また歌いたいですね」
「次のときも同じ曲?AKBは無理よね」
「そのときまでに考えておきます……あの絵はミーちゃんに差し上げますからね」
「本当にいいんですか?」
「内緒ですよ。どこで渡しますか?」
「近い内に連絡します。ミニメールで……」
そう云うとミーちゃんは中野と手を繋いだ。最後尾なので誰も見ていなかった。中野は里子とふたりで歩いているような気持ちになっていた。街は人影もまばらになり、静かだった。幾らか涼しい風が吹きはじめていた。今年は秋が早いのだろうかと心の中で呟きながら、中野は何も見えない空を見上げた。