錆色ノスタルジア
「大丈夫ですよ。殺すなんてことはしません。いきなり隣の人が消えたりしたら、一発で気付かれちゃいますからね」
「……あ、う」
声が出ない。何故か怖い。目の前にいるのはただの女だ。俺よりも歳も背格好も下の少女と呼べる年齢の女。だけど、その女が俺をねめつけた時から、俺の声帯は恐怖で痙攣している。
「もう一度言おうかな? お願い、ここに住まわせて?」
女が言う。思わず首を盾に振ろうとした時、それは起きた。
「こーぞーさん。起きてマス? ちょっとお料理作りすぎてしまったのデスよ。デスので、おすそ分けにと。いや、これはデスね、お隣のお姉さんが手料理を分けてくれるという一人暮らしイベントを狙ったわけではなくて――はぅっ!」
空気を読めない女の乱入だった。
今の俺たちといえば、言い寄る女と、言い寄られる男とという構図なのだろう。実際その通りだし。
そして、その様子から導き出される答えといえば。
「こ、これは失礼いたしマシタっ!」
――ばたばたばたずとん、がん、ごん、いたぁっ! ふぇぇ、痛いよぉっ!
あのアマ……。
「……もう一つ、ここに住まわせてくれなかったら、このアパートに怪文章を回す、なんてどうでしょうか?」
「……やっぱそういうオチなんだな」
そう言って、俺は観念する。そして、四肢を投げ出して完全に脱力しきってしまう。
「それじゃ、よろしくね。私『鈴音』っていうんだ」
「よろしくしたくないが、まあ仕方ないな。『大村孝造』だ」
こうして、ボロアパート小鳥遊荘での『鈴音』との生活が始まったのだった。
一『一〇三号室の先住民』――了