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「ふーん。そう。」

がちゃん、と場に相応しくない音がしたのは恵の隣だった。

恵がぎぎぎ、と隣を見れば、プレートを叩きつけるように机に置いた桜花がいた。

「おはよう、亮ちゃん。」

語尾にハートを飛ばして亮に挨拶をした後、恵にもにっこりと笑った。

「お前のおかげでこっちは大迷惑なんだけど?」

「え・・・っと・・・?」

ひくっと表情を強張らせながら恵は亮と桜花を見やる。

「亮ちゃん、悪いね、ちょっとコーヒー貰ってきてくれないかな?」

「う、うん。」

ガタと席を外す亮を見てから桜花は絶対零度の笑みを恵に向けた。

「木野下純平に話したよ。」

何の事?と聞くほど恵は鈍くは無かった。

「・・・そうっすか。」

「本当、俺も自分勝手だけどお前も対外だよね。」

「桜先輩ほどじゃないっすよ。」

「でも、そろそろ亮も乗り越えなきゃいけない。」

「・・・俺はアイツがどーなろーがいいですけど、でも・・・アイツまだダメだと思いますよ。」

「うん。だからこっちのやつらが余計なことをしてるの待ってようと思って。」

「は?」

「もし、亮が壊れたらそれはそれでいいかも。なんて。」

えへ、と笑う桜花に恵は一瞬固まった後大きなため息を吐いた。

「マジ、アイツなんでこんな人に捕まっちゃったんだろうな。」

「本当だよね。」

「・・・俺もコーヒー貰ってきます。」

席を離れ亮がいるところに向かう恵を見ながら桜花は自嘲する。

壊れるのを見たくない、なんて言ったのは昨日なのに。

「やっぱあの時つけこんでおくべきだったかな。」

なんてぼそりと呟くがティソーサーにカップを乗せ慎重に歩いてくる亮を見て桜花はでも、と否定した。

でも、今、亮が翔を忘れたとしても、無かったことにしても自分はまた思い出させるのだろうと核心しながら。



::::::::::::::::

「亮くん。ちょっと外走ってくる?」

「・・・はい。」

合同練習四日目。

春とのパス練習であらぬ方向へ返すこと数回。

レシーブの練習でボールを取り落とすこと数回。

アタックの練習でコートに引っ掛けること数回。

そして俺は福野部長に呼ばれた。

「どうしたの?具合でも悪い?」

ピッピッという笛の音を背景に俺は首を振る。

「そんなわけじゃない・・・です。」

寝不足は否めないけどそれだけである。

「全然集中してないよね?」

「・・・・・・。」

はい、なんて答えられるはずがない疑問に俺は黙る以外返答のしようがない。

それに部長はため息を吐き外を指した。

「走ってくる?」

それに抗うなんてことも出来なく俺はシューズを脱ぎランニングシューズに履き替えた。

外は晴れており、風も爽やかだ。

夏の日差しは強く、全てが活気付いているように見える。

けれど亮の心が晴れることはない。

考えていた。

俺のことを。

俺はどうしたいのだろう?

明星を出て、篠宮に来て、すべてが新しい生活になった。

過去のことがなくなるなんて事はないけど篠宮に来て新しい友達が出来て、何かが変ると思った。

それなのに何も変らない。

両親がこっちに来ると言った時、俺は安心したんだ。

ああ、これで少しは楽になれるかもしれないと。

別れを嘆くように振る舞いながら、涙を流す翠のみんなや桜先輩を見ながら心の中で俺は安心していたのではないだろうか。

翔との繋がりが薄くなる、と。

少なくとも翔を知る人物はいなくなるわけだから俺の冒した罪も知る者はいない。

本当に俺だけの罪になる。

そのことに安堵した。

でも、もうそれもない。

純平はどこまで知ったのだろう?

知って、俺をどう思うだろう。

尚、特別などと思ってくれるのか?

「はは…。」

そんな訳ないか。

どこまでも自分に甘い考えに吐き気がする。

トラックのあるフェンスに向かい走り始める。

じりじり肌を焼く太陽から目を反らし土を蹴った。



::::::::::::::::::::::

「・・・い・・・。おい!」

俺は日が落ちて辺りが夕日に染まるまでずっと走っていた。

ぐるぐる同じ事を考えて、答えは出ずにずっと足だけを動かしていた。

そりゃあ答えなんて出るわけがない、だってそれを持ってるのは俺じゃないのだから。

そしてある意味頭を真っ白にさせて走ってた俺は手を掴まれた時、ようやく足を止めた。

「え?」

俺の腕を掴んだ先にいたのは答えを持っている人物で。

つまり、純平だった。

「え?あ・・・?」

「お前、大丈夫か?」

「へ?何?」

訳がわからなくて俺から出るのは全て言葉にならない疑問符。

「脱水。」

トンと胸に押し付けられたのはスポーツボトル。

その部分がひやりと冷たくて気持ちいい。

「あ、うん。」

確かにずっと水分補給しないで走ってたけど喉の渇きなんてどっかいってた。

「いただきます。」

ストローに口をつけて一口。

べたべたしていた咥内に清涼感。

そうとう汗もかいていたらしく(着ているシャツもべったりと肌にくっついていた)ごくごくとそれを飲みながら俺は混乱した頭で考えていた。

あれ?何?何で純平ここにいんの?つーか、何を話せと?むしろ純平さん俺のところ怒ってるんじゃありませんの?え?あれ?もしかして幻覚?

先ほどよりもごちゃごちゃと絡み合う思考はそれこそショート寸前である。

ずず・・・。

場にそぐわない間抜けな音が聞こえたのは手の中。

「っ!ごめん全部飲んじゃった!」

吸引力が変わらない新型の掃除機ではないがそちらまで頭が回らなかった。

「別にいい。」

純平は無くなってしまったボトルをとると言いにくそうに視線を逸らせた。

「悪かったな。」

「え?」

「昨日。言いたくないことまで言わせただろ。」

「いや…別に…。うん…。」

沈黙が落ちる。

亮はドキドキ煩い心臓を抑えるようにした。

聞きたい。

でも聞いたらなんて答える?答えによっては今より悩む事になるかもしれない。

でも、

「…呆れたか?ずっと翔の事引きずってる俺に。」

「俺は、お前が大月さんの事どうしたいのかが気になる。」

「はは…単刀直入だな。」


::::::::::::::


「大月さん生きてるんだろ?会いにいかないのか?」

「行けない。どんな顔すればいいかわからない。」

「そういう事聞いてるんじゃない。」

カシャンと純平が片手を金網にかける。

「翔、俺を許してくれない。俺に会うの嫌なんだ。」

「どうしてわかる?」

「会うなって言われた。資格が無いんだ。俺も翔が大切だったからあの人の言った事よくわかるよ。」

泣きながら、叫びながら言われた。

俺だってそう言う。

「それでお前はずっと何もしないんだな。怖いなんて詭弁だろ?何もしたくないんだ。そしてずっと大月さんの影に縋り付いてる。」

「っ…。」

何も言い返せない。

だって全部本当の事だ。

俺は自分から考えるのをやめてしまっているから。

「俺の事嫌になっただろ?こんな風にずーっと馬鹿みたいにどうにもならないこと考えてる弱虫に。」
作品名:RED+DATE+BOOK005 作家名:笹色紅