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それでなくとも気分は最悪なのだ。

足を踏み締めて小さな身体をバネにし隣へおもいっきり当たりにいく。

肩は相手の肩にガツンと当たった。

狙い通りだ。

予想以上の力だったのだろう、恵はバランスを崩し倒れそうになる身体を足で踏み止めた。

「っあぶねぇな!」

「お前からやってきたんだ。」

苦々しく言い放つ。

いつもの展開になりそうで、嫌なのだ。

しかし恵から返ってきたのはいつもの、ではなかった。

「悪かった。」

「……。」

「謝ってんだ。許せよ。」

表情は拗ねた子供とも本当に後悔しているようにもとれる。

「何を純平に言ったんだよ?何で純平なんだ?」

今になれば気になる部分はあった。

食堂で彼と彼があった時、恵はやけに純平を気にしていたから。

だけど恵はわざわざ本人にちょっかいを出したりしない。

何を言ったかはわからないが人の事について過剰に熱を上げない。

恵は俺にそこまで関心はない。

「キノシタ君…が気に入らなかったのが理由だな。」

「は?」

「俺は別にお前の為にとかじゃない。俺がムカついたから本当の事言ったまでだ。」

「本当の事?」

「お前を好きになっても無謀だって。」

「そんなこと…」

ない、とは言えない。

俺はまだ何も決めてない。

何も捨ててない。

「あと、俺の変わりは要らないってな。」

「…は?」

「お前の幼なじみは一人で充分って事だ。」
「何それ?意味わかんねぇんだけど。


「だから言っただろ?お前に関係ないって。」

それなのに殴られるしよーなんて頬をさする。

「俺は別にお前がお前の友達とどーなろうがどーでもいい。だけど俺の所はやらない。俺はお前の幼なじみでありつづける。」

亮はわからないであろう。

これまでずーっと登下校を共にしてきた人間がいなくなる事を。

玄関で待てども現れる事はなく、いつまでも暗い家を見る事を。

隣に体温がない事を。

習慣が、生活の一部が欠落したこの毎日を。

「俺は別にお前を好きとか愛してるとか言うつもりはない。つーかそんな気ねぇ。だけどな、」

恵は走るのをやめると亮の肩をつかみ顔を睨む様に付き合わせた。

「お前の隣はやらねぇ。」

わかったか?と確認を求められたが亮は不可解な表情のまま逆に尋ねた。

「…お前、馬鹿じゃねーの?」

「………………。」

「何…?じゃあお前…純平にお前の居場所?居場所つーか存在?取られると思ってあんな事言ったのか?」

「まぁ、そうなるな。」

「馬鹿じゃねーの?」

二度目の侮辱の言葉には恵の額にも血管が浮かんだ。

「あ?」

ギロッと亮を睨む。

「そんな…当たり前じゃん。」

「あ?」

「恵はいつまでも俺の幼馴染だし…多分、一番の理解者だ。」

「………………。」

「だってお前しかいねぇよ…俺の、あんな…嫌な部分知ってもずっと一緒にいてくれる奴。俺…だってお前の事理解してると思うし。」

そう言って亮は笑った。

その表情は今まで恵が見たことのない顔をしていた。

優しそうな、悲しそうな、安心した顔だった。

「っ〜〜〜〜〜!!」

我慢をするように恵は右下を向いたが一秒後には亮の頭を思いっきり殴っていた。

「いっ、ってぇぇぇ!!!!」

「うるせぇこのエイリアンが!お前はテレパシーでも使えるのかこの緑人間がっ!」

「はぁ!?てめぇが碌でも無い発想してっからじゅんぺーに迷惑はかけるわ…お陰で俺にも迷惑がかかったんだろうが!」

「俺のせいじゃねぇ!和哉先輩に怒られたのも元々はお前が殴ったからだろうがっ!」

「原因作ったのは自分だって言ったじゃねぇがこの女男!」

「ってめぇ人のトラウマをっ!」

「うるせぇ!早く帰って和哉先輩に謝るぞ!そうしねぇと寝床がっ…!」

二人で元来た道をダッシュする。

わぁわぁと叫びながら帰ってきた二人が周りに迷惑だ!と和哉に怒られるのはすぐの出来事である。








:::::::::::::::


皆が寝静まった夜。

亮は喉の渇きを覚えて部屋を出た。

「亮?」

ひっそりとした闇に聞こえたのは小さく、それでも凛とした声。

「和哉先輩?」

上野和哉が一人窓の外を見ながら佇んでいた。

「寝れないのか?」

ててて、と靴も履かず素足で駆け寄る。

大理石の冷たさが心地よい。

「水飲もうかと思って。」

何を見ていたのか?と外を同じように眺めるが変ったものはない。

「先輩はどーしたんスか?」

「・・・呼ばれて。」

「え?」

「いや・・・恵とは仲直りできたんだな。」

「・・・仲直りっていうか・・・でも、うん。なんかすみませんした。」

「謝らなくていい。むしろ悪かったな。」

「へ?」

「お前にはもう新しい生活があるのに俺達が来てしまって・・・。」

「そんなことない!俺だってみんなに会いたかったし!」

「そうか。」

くしゃ、って頭をなでるのは和哉先輩の癖だ。

何かあると和哉先輩は俺の頭をなでる。

「亮、でもお前が嫌だったらちゃんと言え。」

「だから嫌じゃなかったス!」

「そうじゃなくてな・・・。」

苦笑を浮かべて和哉は言う。

「お前が大切にしたい友達は俺らからしてみればそうじゃない。お前に新しい友達が出来たってそれをどうこう言う権利は俺達には無いんだ。」

「よく・・・わかんない。」

「恵も桜も酷いことをしてるって意味だ。」

「え?」

「アイツらはお前を大切にしてるが他は違うだろ?」

それって・・・。

「少し早めに帰った方がいいかもな。」

「待ってよ和哉先輩!」

しっと唇に指を当てられうっと黙る。

だからひっそりと空気に消える声で囁いた。

「俺はみんな来てくれて嬉しかったし・・・篠宮のみんなにみんなのこと紹介できてよかったと思ったんだけど・・・もしかしてまずかった?」

そう尋ねたけど和哉先輩から返ってきたのは只の笑みだけだ。

「水飲みに来たんだろ?あっちに飲み場があるからいって来い。」

それは有無を言わせない物言いで俺は言及することなんて出来なった。

水を飲んで戻れば和哉先輩はもういなかった。

『残酷な事をしたってのは自分もされた可能性があるって事を。』

そして俺は桜先輩の言葉を思い出していた。

『俺は亮は大切だけど、』

「俺が好きな人を桜先輩が大切にするなんて限らない。」

そういうことなんだ。

納得すると共になんだか悲しい気持ちになって亮が寝たのはうっすらと空が白んできてからだった。





:::::::::::

「で、お前はじゅんぺーに謝るべきだと思うんだけど。」

翌朝、本日もプレートにこれでもかというほど食料をたんまり乗せた亮はそれらをがっつきながら恵に告げた。

「なんで?」

「なんで?って聞くお前がマジわかんねぇんだけど!」

「俺、謝ることなんていってねーし。」

「っ・・・!」

「よかったんじゃねーの?自分の気持ち気づけてさぁ。それにお前が言うことじゃねーだろ。俺、お前には謝ったし。」

「だけど・・・。」

「言っとくけど、俺は悪いことしたなんておもってねーから。」
作品名:RED+DATE+BOOK005 作家名:笹色紅