RED+DATE+BOOK005
呼ばれた彼らは顔を見合わせ、「じゃあ、俺が」と言った桜花だけが杏里に続いて病室を出て行った。
「どうしたんですか?」
病院の廊下はどこか異質な空気を含んでいる。
壁に貼ってあるポスターも掲示してある様々なお知らせも全て無機質な温度のように感じる。
「亮、おかしいのよ。」
杏里は困ったような表情で話始めた。
「凄く、元気になったみたいなんですが。」
「それが、あの子なんで病室にいるか分かってないみたいなの。」
「え?」
杏里は少々考えるように視線を下に向けてもう一度桜花を見た。
「大月君のこと分かってないみたいなの。」
「亮・・・ちゃん。」
桜花が再び病室に入るとパッと笑顔を向ける。
「ちょっと桜先輩!恵が馬鹿な事ばっかいってんだけどどうにかしてー。」
「馬鹿はおめぇだろうが。」
「俺から言わせればどっちもどっちだがな。」
「「和哉先輩っ!」」
わいわいと三人は談笑している。
桜花はこくり、と息を飲んで口を開いた。
「亮、なんで入院したの?」
ぴた、と話が止まり、訝しげな目を送ったのは二人のみ。
そして一人はきょとんとして桜花を見た。
「え?検査とかじゃなかったっけ?」
空気は緊張した。
和哉と恵は不可解な視線を亮と桜花に送る。
「翔は?」
「え?」
桜花はからからに乾いた喉から声を絞り出した。
「大月翔はどうしたの?」
ぴくん、と肩を揺らしたのは和哉と恵である。
あれから、彼の名前は禁句になった。
特に亮の前では。
亮はその名前にきょとんとして答えた。
「誰だっけ?」
しん、と静まりかえった病室。
亮はあれ?と首を傾げた。
「・・・なに・・・。」
桜花が呟いた声に亮は「え?」と聞き返した。
「なに・・・忘れてんの?」
震える声を言葉にする。
カツカツと近寄る足音は重い。
「なんで翔を・・・!!!!」
桜花は亮の襟元を掴み上げる。
ガシャン、と点滴が音を立てて倒れた。
「桜っ!」
和哉は直ぐに桜花を引き止めた。
「ふざけるなっ!!!お前がっ!!亮が一番っっ・・・!!!」
「落ち着けっ!」
ばっ、と引き離す和哉と亮に付き添う恵。
亮は翠の瞳をいっぱい開いて桜花を見た。
「だってっ・・・こんなの酷いっ!」
見る見るうちに桜花の瞳は涙を溜め、それがついには零れ落ちる。
「和哉ぁ!離せ!」
暴れる桜花を和哉は抑える。
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「っ忘れていいはず無いよ・・・!」
涙を流しながら叫ぶ桜花を唖然と見ていた恵は亮がカタカタ震えていることに気付いた。
「落ち着け桜花!!」
強い力で肩を掴まれ桜花は、っ、と息を飲んだ。
ぽろ、ぽろと流れ続ける涙を拭い桜花は弱弱しい声で呟いた。
「だって・・・翔が亮の中から消えるなんて・・・もしぼくがそう、だったら・・・嫌だ・・・。」
は、としたのは和哉と恵だ。
自分が、亮の中からいなくなる?
「ダメだよ・・・そんなの。」
呟いた言葉は確かに亮に聞こえていた。
「酷い、と思う?」
桜花は純平に尋ねたがそれは答えを求めるものではなかった。
「あのまま、亮が翔を忘れたら多分亮は普通に人を好きになったのかな。」
純平は何も言えなかった。
もし、彼の中から自分が消えてしまったら?
「だから俺は思い出させたんだ。」
口元には自嘲の笑みを携えて桜花は言う。
室内への入り口が見え始めそちらに向かって足を運ぶ。
「今日のこと、あんまり気にしないほうがいい。」
「え?」
「やっぱり俺達はもう亮とはずっとはいれないから。だから恵だって・・・。」
恵という名前に重くなるのは心の中である。
純平の中で彼は忘れがたい人物となった。
「じゃあ、せいぜいがんばりなよ。」
桜花は明かりの中に足を踏み入れると切り替わったように興味なさそうに告げた。
「待った・・・!」
思わず声をかけたのは瞬時に浮かんだ疑問を聞くためだ。
振り向く桜花に純平は尋ねた。
「今・・・大月翔は?」
「ただいまー。」
控えめに声をかけて部屋に入る。
そこには規則正しく布団が敷かれてあった。
「おっせーよ亮!」
保が布団に寝転びながら雑誌から目を離し亮を見る。
「お陰で俺まで布団手伝わされたんだからな。」
和哉が細かくてよう・・・とぶつぶつ文句を言う。
それに笑いながら自分はどこで寝ようか、と綺麗に整っているシーツを見渡す。
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目に入ったのは金色の頭。
布団に寝転びながら携帯をいじっていた。
そこの横に乱暴に腰を下ろした。
恵はちら、と亮の姿を確認して再び画面に目を移し口を開いた。
「言いたいことあんなら言えば。」
亮はその言葉にスッと目を細くした。
「純平に何か言っただろ?」
「言った。」
「なんて言った?」
「お前は何て言われた?告られたか?」
バシン、
と乾いた音が鳴りそこにいた全員が二人を見た。
シン、と静まる室内。
傍観者は亮が恵を殴ったことのみを光景から判断した。
「いってえ、なぁ!」
恵は殴られた衝撃で手から落ちた携帯もそのままに亮に掴みかかった。
襟首を掴みそのまま後ろに倒す。
布団が敷いてあるのでバフンと空気が舞った。
恵は片手で亮の襟を掴みもう一方で亮の頬を殴りつけた。
ガッと肉と骨の当たる鈍い音がする。
亮は恵の腹をめがけて思いっきり蹴り上げる。
「ぐっ。」
うめき声を上げる恵に襲い掛かり今度は恵の背中を布団につけた。
そして腹に乗って頬に拳を振るう。
「余計なことすんじゃねぇよ!!」
痛みに顔を歪めながら恵は亮の髪を掴み自分から降ろそうとした。
「別にお前のためにやったわけじゃねぇ!」
歯を喰いしばって亮が再び腕を振り下ろそうとした時自分の身体が宙に浮いた。
そしてそのまま投げ飛ばされる。
「っ。」
亮は背中から落ちたせいで一瞬息が出来なくなったが布団に衝撃は殆ど吸収された。
「なにをしている。」
怒っていると容易く分かるほど低く押し殺した声だ。
亮は自分を投げ飛ばし、恵との間にいる上野和哉を見上げた。
「・・・・・・。」
黙った二人を和哉は冷ややかな目で見下ろした。
「二人ともそこに直れ。」
とぼとぼと部屋の端に移動し、畳の上に正座する。
しょぼんとしている二人の前に和哉も座る。
「原因は何だ?」
居心地の悪い顔で下を向く恵と眉を寄せて唇を噛み締めている。
数秒その沈黙が続き和哉はもう一度口を開いた。
「顔を上げろ。」
ぎこちなく正面を向いた二人は真剣な瞳とぶつかる。
「此処で言いたくなければ場所を移す、二人で話し合うならそれでいい。」
そして息を置き「出来なければ今すぐ荷物を纏めろ。」と言った。
言葉を詰まらせたのも一瞬で恵が搾り出すように声を出した。
「俺がコイツを怒らせるようなことしました。」
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ドキ、と嫌な音で亮の心臓が鳴った。
作品名:RED+DATE+BOOK005 作家名:笹色紅