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リフレインされる言葉はいつだって同じだ。

『愛しいよ。亮、俺はお前が好きだよ。大事だし、大切だし、守りたいと思ってる。』

たった2年前の記憶だ。

俺が一番大切で、そして

『私、貴方を絶対許さないから。』

一番残酷なものだ。

「傷つけたんだよぉ・・・。」

瞳から涙が溢れて頬を伝う。

純平が泣いてるんじゃなくて泣いてるのは俺だ。

「俺が・・・俺が翔を奪ったんだ・・・。」

指が雫を救って唇が瞳に寄せられた。

純平の唇のピアスがやけに冷たくて直ぐに離れた。

「俺が許すから。だから、もう忘れろ。」

引き寄せられて抱きしめられる。

視界の端には靴とパックが転がっていた。

それをぼんやり眺めて亮は言葉の意味を理解していた。

忘れる。

翔のこと忘れていい?

忘れて、人を好きになっていい?

それはなんて、

なんて切なくて優しい温度なんだろう。

『ダメだよ。』

ハッ、とした。

身体が硬直する。

血がざぁと流れて、カチカチ歯が鳴る。



:::::::::


「亮・・・?」

純平が涙をふく手を止めて俺を覗き込む。

「だめ、だよ。」

ぎゅるぎゅるといかれたビデオテープのように映像が逆再生される。

「さくら、先輩が怒った。」

映し出されたのは真っ白な病室。

壁も、床も、ベッドも全部真っ白。

俺の腕は針が刺さっていてチューブが繋がっている。

「和哉先輩も・・・恵もみんなダメだって。忘れちゃダメだって・・・。」

「何でだよ?お前、こんなに辛いのに。なんで忘れることもダメなんだよ?」

「だって、そんなのあんまりじゃない?」

降って来たのは高い、凛とした声だった。

「お前・・・。」

「亮ちゃんが遅いから心配で探しに来ちゃった。」

そう微笑むのは桜花だった。

桜花は亮と純平の隣にしゃがみ亮の濡れた瞳を自分に向けた。

「忘れちゃダメだよ。亮は翔を忘れるべきじゃない。」

ひっ、と亮の喉がなりぼろぼろと涙が零れる。

純平はその様子に行き成り現れた新参者から亮を庇う様に抱きしめた。

「お前、誰だ?コイツの何だ?」

「羽沢桜花。亮の先輩。お前はキノシタジュンペイ君でしょ?恵の代わりで一番やっかいなやつ。」

「代わりじゃないっ!」

桜花は、ふーんと興味の無いように相槌をうってカタカタと震えてる亮を見た。

「可哀想に昔を思い出してるんだ。」

「・・・お前達、コイツに何したんだ?翔って何だよ?なんでいつまでも・・・!?」

「何、したねぇ。まぁ、お前には教えてもいいかな。」

桜花ははい、と両手を開いた。

「その代わり亮抱かせて。そうしないと教えない。」

純平は、何空気読めない事言っているんだ?と無駄に綺麗な男を見た。

「他の男に亮が抱かれてるなんて見ててイライラするし、亮が気を許してる相手だと思うともっとムカつく。」

「今お前に亮はやれない。こんなに脅えてるのはアンタのせいだろ。」

「・・・・・・。」

ふぅ、と息を吐いて桜花は未だ震える亮を見た。

「言っておくけど、俺達は悪くないよ。悪いとは思ってない。それに同じ状況になったらお前だってそうしたよ。」

「翔って誰だ。」

「翔は亮の先輩で俺達の同級生で「そういうことじゃない。」

「人の話はちゃんと最期まで聞けよ。耳のピアス引きちぎるよ。」

口を閉じた純平を見て桜花は続ける。

「亮の大切な人、多分一番好きな人。亮に恋愛も家族愛も与えた奴だよ。」

「家族・・・愛?」

::::::::::::::


「亮の両親は前は中々家にいることが出来なくてさ。生きていくために仕事をしてた人だった。だから亮をあまり構ってやれなかったんだって。」

『亮と会った時?アイツなんかぽっかりしててさ。』

「想像できる?俺と亮があったのは中学からだけどその一年前の亮の友達って恵だけだったんだよ。」

「こいつが・・・?」

『すぐキレる奴で毎日喧嘩ばっか。ほとんど誰とも喋らないで無愛想。そんで・・・』

「自分を凄く嫌ってた。いらない人間だと思ってたんだって。それを変えたのが翔。今の亮にしたのが翔。」

「それでなんで亮が人を愛さないのに繋がるんだよ?」

「それはねぇ・・・あ。」

桜花は握られた腕に目を落とし亮に向かって微笑んだ。

「お帰り亮。」

桜花の腕を握ったのは亮であり彼はしっかりとした瞳で桜花を見ていた。

「いいよ、桜先輩、俺が説明する。」

亮はごし、と目元を乱暴に拭い純平の体を押した。

「ありがとうじゅんぺ、もう大丈夫。」

「亮・・・。」

「はーい!呆けてないで亮ちゃん抱きしめさせてくださーい!!」

ぐい、と少々乱暴に純平の腕から桜花が亮を引っ張る。

「わっ、桜先輩。」

亮は苦笑して、桜花はようやく安心したように息をついた。

「ごめんね。亮・・・。」

弱弱しく呟かれた声に亮は小さく首を振った。

そして優しく桜花の腕を離して純平に向き直る。

「じゅんぺ、翔は俺の大事な人だよ。」

「ああ。」

「そして、」

亮は目を伏せて唇を少々噛み締めそして顔を上げた。

「翔は俺のせいで事故にあったんだ。」

「・・・・・・。」

「だから俺は怖いんだよ。大切な人を作るのが怖いんだ。」

「それはっ・・・お前の「俺の責任なんだ。」

亮は首を振って笑った。

「・・・・・・・・・。」

「くだらないかな?」

「亮、自分でそんな事言うもんじゃないよ。」

たしなめる桜花に亮は困ったように笑う。

「俺、裸足で来ちゃったから中戻るな!」

亮はスクッと立つといつものカラッとしたような声と顔で落ちている中靴を拾った。

「おいっ・・・!」

「おやすみ!じゅんぺ、桜先輩!」

そして逃げるように素晴らしいダッシュで駆けていった。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

桜花と純平はその後姿を呆けたように見た。

そして彼らもゆっくりと腰を上げる。

無言のまま二人は寮とは反対側を歩き出した。

「亮はさ・・・。」

ぽつんと話を切り出したのは桜花である。

「亮は忘れたんだ。」

「え?」

「翔が事故にあってから亮も可哀想な位酷い状態になった。怪我、とかはしなかったんだけど何も食べられなくなったし何もしゃべらなくなったんだ。」

「・・・・・・。」

「ある日、亮の病室に行ったら凄く明るい顔してて・・・。」








その日、桜花と和哉と恵はいつものように亮の病室を訪れた。

全てが白くて彼だけが色を持っていた。

一つだけある窓も雪の白さに変わっていた。

「あ!桜先輩やっほー!!和哉先輩も恵も!!」

昨日会った時とはまったく違う亮。

本当に久しぶりに見た笑顔だった。

「亮・・・ちゃんっ。」

桜花は涙を浮かべて亮に駆け寄った。

四人で和気藹々と話し、一段落着いたところで亮の母が病室に入ってきた。

「あら、みんな。」

にっこりと笑ってから顔を曇らせる。

「ちょっと・・・いいかな?」



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手招きをして杏里は彼らを呼んだ。
作品名:RED+DATE+BOOK005 作家名:笹色紅