RED+DATE+BOOK005
「そんな睨むなよ。分かりきってることなんだってこれ。でも、アンタ本当にこれからもそう言いきれるのか?」
:::::::::::
「アイツ、何があった?」
「さっきから質問ばっか。亮の過去は流石に言えない。これは俺達しか知らなくていいことだ。」
「お前、何が言いたい?」
恵の笑みが深くなるとともに純平の頭痛が音を立てていく。
「キノシタ君にアイツと関わると碌な事ないって教えてやろーと思って。」
「・・・・・・。」
「キノシタ君が亮の事どう思ってるかは分からないけど、多分アンタ報われないよ?」
「っ・・・!」
純平は恵の襟を掴み上げた。
背丈は恵の方が大きいので苦しくは無いようだが流石に顔を歪めた。
「図星?」
しかし直ぐに笑顔に変わり純平の手首を握る。
「俺は別にアイツをどうこうしたいなんて思ってない・・・!!」
「ふーん。じゃあ、あのまま亮を眺めてるだけで終わるんだ。アイツが必要な時だけの友達で。」
何時だか亮が言った「利用、する。」という言葉がリフレインする。
「でも、必要じゃなくなるかもよ?」
「どういう・・・」
ギリッ、と純平の手首に力が入った。
「だって俺がいるから。」
目の前の金髪は笑っていない目で笑った唇を少し舐めた。
赤い舌がちらりと見えて直ぐに消えた。
「俺がいるから、多分もうアンタは必要なくなる。一緒にいた期間は伊達じゃないんだよね。」
ギリギリ締め付けられる手首。
「亮はもうアンタを頼らないと思うよ。」
だって、俺の代わりじゃん?
締め付けられる痛みは感じられなくなっていた。
::::::::::::::::
カポーン。
プラスティックの音が優しく天井に響く。
暖かい湯気で冷たいタイルは気にならない。
「はぁー。極楽極楽。」
亮は湯船に入り仰け反ると大きく伸びをした。
「お風呂・・・好きなんだ?」
隣には正座をして些か緊張している様子のクラスメート、小林健吾がいた。
恵が荷物を取りに戻った後道行く人に風呂場どこ!?と聞きどうにかたどり着いたわけだ。
春も未だ来てなかったから先に身体でも洗って入っていようと浴場の大きな扉を開けた。
かっぽーん。と特有の音を聞きながらうきうきと見渡せば、見知った顔に出会った。
「よー!小林ー!」
手を上げれば小林は亮を見てごしごしと目を擦った。
見間違いで無いと分かるとそのまま固まった。
「小林も寮だったんだー。」
「え・・・あ・・・。」
亮は体を洗っている小林の隣に座ると自分もそれに習う。
「しかしすげーのなー!普通の寮ってこんないっぱい風呂ねぇよな。」
恵が言っていたように五つの浴槽があった。
どれから入ろうか目移りがしてしまう。
「齋藤・・・君は何でここに?」
「あ?俺バレー部の合宿!」
そういえば、と思った。
明星高校というバレー部が合宿の為寮の一室を使うというのは休み前から寮で回された連絡だった。
ざぱーん、と豪快に湯をかける亮を見て白い、と思った。
肩から流れ落ちる水滴と光りと水の反射によってキラキラと輝く肌。
バレー部は日に当たらないしな・・・。と考えてから我に返った。
急いで自分も湯を被り眼を瞑る。
「どこから入ろうかな〜♪」
うきうきと言う亮からはシャンプーの香りが漂う。
「小林はどれがお勧め?」
髪をシャンプーであわ立てた彼は手を止めずに聞く。
「そうだな・・・奥にあるのがいいんじゃないかな?マッサージ効果あるから疲れとれるよ。」
務めて普通に話す。
勿論視線は正面だ。
小林が勧めたのはぼこぼこと泡が出ている風呂だ。
壁側にはジャグジーもある。
「よっしゃ!じゃあ其れ行こうぜ!」
ザバンと勢いよく泡を落すと亮は腰にタオルを巻きなおして其方に向かった。
拷問かも・・・そう思いつつ小林も亮を追った。
そして冒頭に戻る。
「お風呂・・・好きなんだ?」
「うん。めーっちゃ好き。」
はぁーと溜息を吐きながらとろんと眼を閉じる。
視覚の暴力というものはこういうのも当てはまるかもしれない。
眼福、も過ぎれば自分を見失うものでしかない。
ゆっくりうっとりと瞬きする様はなんとも色っぽい。
水をふくんで純度が上がりしおれている深緑の髪も普段とは彼を違く見せている。
:::::::::::::::::::::
小林は謂わばノーマルという部類ではあったが同姓のそれもクラスメートにドキドキと心臓が五月蝿くなっているのも事実であった。
「ごくらく・・・。」
ほわ、と息を吐いて鼻下まで沈む。
「齋藤君は夏休みはどういう予定なの?」
正面を向けば浴室に入っている学生がパッと顔を逸らす。
目立っている。
これは目立っている。
「んー・・・部活漬けだとは思うけどお盆になったら前いたところ帰ろうかなー。」
ふふ、と肩を上にして笑ったからよほど楽しみなのだろう。
「そうなの?」
声が聞こえてきたのは正面だ。
ちゃぷんと水面を揺らしながら春が登場した。
小林は自分でも気付かず安堵の溜息を吐いた。
春は亮の隣に腰を降ろした。
「うん。部活休みになるかな?」
「お盆は休みになるよ。亮が行くんだったら・・・俺も行こうかな。」
「え?」
「俺の母方の親戚がいるんだ。」
ぴく、と肩を揺らしたのは小林で亮は眼を大きくして驚いた。
「へぇ!!そうなんだ!!」
「うん。去年の夏には行ったんだけど。亮にも会った。」
「・・・へ?」
「でも会ったって言えないかもしれない。」
亮は初めて春に出合った時の事を思い出した。
それは亮にとっての初対面だが。
亮には記憶が無かったが春は亮を知っていた。
「春が始めて俺を見たのは・・・いつ?」
「中学3年の時。亮楽しそうにバレーしてた。ずっと忘れられなかった。」
「そ、そっか。」
亮の頬が赤いのは湯に浸かっているだけではない。
春とは反対側にいる小林も春の話を聞いてぽけとしながら頬を赤くしていた。
「俺・・・水飲んでくる!序に恵遅いから連絡きてないか携帯見てくんな!」
腰にタオルを巻きつけながらじゃぶじゃぶと湯をかき分けて湯船から出て行く。
見えた!なんて囁き声は本人には聞こえてないといいと小林は思った。
「青木君の実家?亮の住んでいる所だったんだ?」
亮と春の邂逅は印象が強かった。
尾びれ背びれが付いたものを小林は聞いたのだが。
「ああ。」
そして小林は青木の噂も思い出していた。
目の前の彼は確か愛人の子だ。
しかし其れを言う事はしない。
彼は自分より地位が高い。
それにそんな事を言っても何も生まない事を分かっている。
人は言葉で、人の態度で傷つくという感情を目の当たりにした。
:::::::::::::::::::::::
「亮、平気?」
「え?」
小林が春を見るとぶくぶくと沈んでいる。
そのまま見てると春は前髪を掻き揚げてから小林を見た。
彼も男なのに心臓が騒ぎ出す一人である。
「俺、緊張する。二回目だけど慣れない。」
「へ?」
淡々と話す様は緊張という言葉は見当たらない。
作品名:RED+DATE+BOOK005 作家名:笹色紅