RED+DATE+BOOK03
大丈夫、大丈夫だ。
全然痛くない。
「・・・・・・分かった。ああ、そうかよ!」
じゅんぺーは少し息を詰まらせた後そう言った。
声は怒りに染まっていた。
彼は、雑巾をバシッと床に叩きつけて乱暴に扉をあけて教室を出て行ってしまった。
クラスは水を打ったかのように静かだ。
俺は黙って自分の席に座った。
周りにいたクラスメートも嫌な空気を残しながら散っていった。
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しかし大変なのはここから。
覚悟を忘れてはいけない。
亮は静かに溜め息を吐いて、力の入らない拳を無理に握り締めた。
「亮、おはよう。」
机の前に立つのは楓だ。
そしてその後ろには春もいる。
いつもと変わらない柔らかい声。
何も変わらない空気。
だけど俺はそれを変えなくちゃいけないんだ。
ごめんな。心の中だけで呟いた。
「・・・はよ。」
じゅんぺーの時と同じ無機質で短い返答。
「昨日休んだんだね、心配したよ?大丈夫?」
裏のない声。
亮は机を見ていて正面に立つ楓の顔は見ていないがおそらく本当に心配している顔をしているのだろう。
「平気だ。なぁ・・・。」
そして初めて亮は顔を上げた。
楓の顔をジッと見て静かに口を開く。
「もう、俺に話しかけないでくれないか?」
冷たく響いたその言葉に楓は小さく「え?」と聞き返した。
「もう、俺に構わないでくれ。春も。」
見上げる先の春の顔はいつもと同じ無表情。
それだけ告げて再び眼を机に落とす。
『青木春様に近づくな。』
『綾瀬楓様に近づくな。』
その落書きを眼で追って心の中で嘲笑した。
亮がそのまま静止していると楓は何も言わずふらりと自分の席に戻った。
春もそれに習った。
そしてHRが始まり授業へと進んでいく。
いつもの風景。
何も変わらないだろう。
大丈夫。
大丈夫、全然痛くない。
頭の先から冷たくなっていった。
亮からかけられた言葉は自分が思っていた以上に辛い物だった。
予想していなかった事ではない。
むしろ自分がその立場になったら当然する行動だ。
気が抜けたように自分の席に座った。
亮が楓に向けていった言葉。
楓の眼を見てちゃんと告げた言葉。
涙が出そうだった。
だけど、だけど泣いてはいけない。
こんなところで泣いたらそれこそまた亮が何をされるかわからない。
そう、知っていた。知っていたはずなのだ。
自分と関わると何が起こるという事かを。
だからコレはしょうがない事。
むしろこれから亮が傷つかないですむならとてもいい事。
だから笑って「そっか。」と言わなければならなかったのだ。
そして「ありがとう。」と「ごめんね。」を。
先生が入ってきて授業が始まる。
黒板に白いチョークで書かれていく字をぼぉっと眺めながら考えた。
僕に・・・言えるのかな?
そんな事ちゃんと笑って言えるのかな?
考えただけでも滲む視界。
楓は慌てて下を向いてノートを書くフリをする。
隣にいるはずの亮はもう遠い。
もう、ダメなんだ。
その思いに心が支配される前にノートの切れ端が飛んで来た。
「・・・・・・・・・・・・。」
こそりと広げると綺麗な字で『信じる。』と書いてあった。
楓はハッとしてそれから口元を緩めた。
そうだ、信じるんだ。
例え亮の言った事が本心でも。
僕は、亮と僕の大切な言葉を信じる。
楓はシャーペンの背で前に座る春の背中をトントンと触れた。
春は少し頷いてまた前を向いていた。
横目で見た亮の顔は全然変わらなくて、でも間の距離は1メートルもないのだと頷いた。
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キーンコーン・・・と昼休みを告げるチャイムが鳴る。
俺はそれが鳴り止まないうちに弁当を持って教室を出た。
楓は授業終わりの休み時間も俺を気にしていたし、春なんか黙ってずっとガン見だ。
だけどそれをずっと無視し続けた。
俺達の微妙な空気はクラスに広がって馬鹿みたいに騒いだりする奴はいなかった。
「・・・・・・・・・。」
未だに教室を出るとすれ違う人からは好奇だか嫌悪の眼で見られ、その後にはごちゃごちゃと囁く声。
一人だとそれはもっと酷いみたいだ。
それでも下は向かないで睨みつけるように正面を見る。
おそらく一週間もすればこんな事も無くなる・・・はず!
三日かもしれない・・・!!
何にせよ俺が一人でいるという噂が流れればそれでいい。
あいつ等と関わらないということが分かれば。
俺は弁当を揺らさないようにしながら階段を一段抜かしで上っていった。
目指すは屋上!
って言ってもやっぱ屋上なんかは人気スポットだったりするのかな?
この学校は5階建て。
はっきり言って無駄に高いと思う。
1年の教室があるのが3階で、4階が2年、5階が3年になっている。
3階から下は特別教室、1階に職員室と理事長室がある。
食堂は一階で校舎に隣接しているところにあるので1年教室からはそんなに遠くない。
もちろんエレベーターなんていかにもお金がかかってそうな設備もあるのだが亮は軽快に階段のステップを進んでいった。
筋トレだ。筋トレ。そんな事を頭の中で呟いて上への道を辿る。
途中まですれ違う人々がいたのだが上に上に登っていったら人がいなくなっていた。
「っと最後!」
両足着地で着いた先には一つのドア。
ノブに手を掛ければ・・・
「閉まってんだよなぁ〜。」
何度回してもガチャガチャ言うだけで開きはしない。
亮は一度辺りを見回し一つの窓に眼を留めた。
「う〜ん・・・。」
それは亮の身長より少し高いところにある小さな窓。
ぴょんとジャンプして鍵を下ろす。
「まさか誰もここから入るなんて思わないよな〜。」
片手に弁当を持ったまま両手をあげて窓枠に手をかける。
「ほっ!」
そのまま腹に力をいれて状態を上に持ち上げる。
頭から突っ込んでしまうと着地は頭からというなんともスリリングな事になってしまうので少し考えながらそのままぶら下がる。
「あ。」
丁度外の窓枠に大きなボトルが突き出ていてそこに弁当をかけた。
亮はそのまま片足を外に持っていき慎重に体勢を反転させた。
腹に窓枠が食い込む前に外に飛び降りる。
じぃんと足から伝わる刺激を耐えてから自分が出た窓を見上げた。
「・・・よく通れた。」
あながちこの体型も悪くないなんて思い直して弁当をとって日のあたる場所に飛び出した。
「すっげー!!!!」
さすが5階!見れる景色も違うね!
上を仰げば何処までも広がる青空。
柔らかそうな雲が漂い春の終わりの風がやさしく亮の髪を撫でた。
「特等席・・・つーか貸切?」
いそいそと弁当を包んである風呂敷を解いて段を並べた。
「いただきまーす!!」
両手をパチンと合わせて箸でおかずをつつく。
「ん!美味い!!」
いつもながらに美味しい料理。
だけど、亮はそのまま俯いてしまった。
「・・・俺・・・間違ってないよね。」
自分に言い聞かせるように眼を伏せた。
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作品名:RED+DATE+BOOK03 作家名:笹色紅