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色即是空

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  小説 色即是空     佐武 寛




                      

 前編 迷いの人生はこもごもに激しい
   肉親の愛情が妨げられれば、無意識のうちに狂おしい人生に落ち込む。
   ここに登場する人物はその悩みの渦をそれぞれの立場で生き抜いてい
   る。愛と憎しみと放埓な生に巻き込まれながら迷いを振り払おうと激しく生きている姿は修羅とも言うべきだろう。それを超克して到達する愛の世界は素晴らしいはずだが、それに至らぬのがかなしい。主人公・真理子が父捜しに翻弄される日々を取り巻く、義母・菜穂子、友・彩子、実弟・哲、実母・隆子、実父・椎名が卍のように絡み、風車のように舞う。椎名と彩子の性愛を哲から聞かされて憤怒に燃えた末に、
   真理子が最後に出した結論は、自分を実子として育ててくれた菜穂子に孝養を尽すことであった。  


          一
 真理子はシングル・マザーに育てられたので父親を知らない。幼い頃からこの疑問になやまされている。その疑問の矛先が母親に向けられると、深く沈んだ反抗になる。幼稚園の頃は、
―真理子のお父さんは死んだのよ―
という母親の言葉を信じていたが、小学生になった頃には、友達が、
―あんたのお母さんはシングル・マザーだって、うちの母さん言っていた―と、さも大切なことを明かすようにいった。
―シングル・マザーって、何のことよー
 真理子は母に尋ねたことがある。そのとき母は真理子にわかるように説明してくれなかった。
 中学生になった真理子は、母を冷静な眼でながめることがおおかった。
―どうしてお母さんは、わたしのお父さんと一緒に暮らさないのかな、どうしてなのかなあ―
 そう思いながら、母にはそのことを聞かなかった。真理子はその秘密を知りたかったけれど、聞くのが恐ろしかったのである。異性に目覚めている真理子には、母が触れて欲しくないことだと知っていた。
―母は男を愛してわたしを生んだ。だけど、一緒に家庭をつくらないのは何故だろう―
 真理子の最大の疑問だったが、母は何も語らなかったまま、真理子は中学を卒業し、高校に入る。
 その頃、真理子はシングル・マザーについて、いろいろな知識を持つようになり、母がシングル・マザーになった原因をそのなかから想像した。高校生になった真理子が、ある日、ズバリと母に尋ねると、
「男より仕事を選んだのよ」
という答えが返ってきた。
ーでも、わたしを産んだー
 真理子は、女の怪しい性行動だと思った。
―子供をつくって、男と別れる。ずいぶん勝手じゃあないの―
 真理子は、自分のことを母はどう思っていたのかと、不満を残している。真理子の不満は、高校生のときに友達から、
「あなた、シングル・マザーの娘なのよ、親父の顔を知らないの?」
と、マジに問い詰められたことがあって、悔しい思いをしたことが尾を引いている。
 思春期にこの経験をもったことで、真理子は心に傷を負わされ、母の男を捜し出してやるという思いを持ち、それが母に対する心の秘密となった。
 表面的には何食わぬ顔で平和な母と娘の生活が続き、真理子は大学生になると、東京に出て一人でマンション暮らしを始めたのである。真理子は、感傷で父親を捜そうとしているのではないと自分に言い聞かせている。自分のDNAをつくった男を確かめないと自分の存在が暗闇になるという思いが激しく動いている。
―母の男は東京に居るはずだということまでは確かめている。母と同業らしいということもわかっている―
 真理子は、母親の同業者である文筆家に接近するために大学は文学部国文学科を選んだ。
 大学を選ぶとき、
―母さんの子だから、同じ血が騒ぐのよ、母さんには負けないよ、きっと追い越して見せるから―
と、意地っ張りなこと言ったのを、真理子はいまも覚えている。あれは反抗だった事を母は気づいていたはずだと、真理子は思っている。真理子の血は、父を知らぬことによって、不安に騒ぐのである。そのためにどれほど苦しんだことか、血が凍るようなときだってあった。
―この思いを永遠には持ちたくない。必ずわたしのなかの二つの血を一つに結合しよう。そのためには、父を発見せねばならない。顔の見えない血が私の中に流れているなんて許せない― 
 真理子の父捜しの旅は、自分発見の旅そのものなのである。
―この旅は、私の中の父の血が騒ぐときに、わたしを突き上げてくる―
 真理子はその熱い思いに悩まされ続けている。真理子の大学生活は、自活を当然とする覚悟からはじまっている。
―母さんの世話にはならない。あの人とは距離を置いて生きたいから―
 真理子はイラストの制作が得意だし、エッセイを書く習慣も身に着けているので、バイトは出版社ですることができた。真理子の生活は、贅沢をしなければやって入れるだけの収入がある。
「真理子はいいよね、わたしたちのようにバイト探しに苦労しなくていいから。あなたの才能だけじゃなくて、親の七光りもあるのでしょう」
 真理子の友達たちは、真理子の母の存在を意識していた。真理子は真っ向から否定する。
―そんなことはない。自分から母のことを言ったことはないのだからー
 真理子はそう思っていたが、履歴書に保証人として母親の名を書き込んでいるのだから、調べればすぐにわかることである。真理子は、この程度のことも気づかないような世間知らずに育ってきたのだ。
 有名作家の娘で、才能もあるとなれば、業界では大切に扱うぐらいのことはわかっていいのだが、真理子はあくまで、自分の力量が評価されていると単純に思っている。
 真理子が自意識過剰な女に育ったのは、母親譲りだということを真理子が自覚する事件がその後起きるまで、真理子はこのことを深刻には考えなかった。真理子の自信は、自分の作品が沢山の読者を集めていることから生まれている。しかし、友達たちは真理子が書けるのは親譲りの才能のおかげだと言う。真理子は、自分の血の中に母が居ることを否定できない事実に悶々としながら、自分の独自性を証明しようとしている。母のことを持ち出されると決まって、父のことが頭をよぎるのだった。この葛藤のなかで、真理子は、自分自身を発見するために作品に立ち向かっている。
 真理子はボーイ・フレンドを持たない。真理子に寄ってくる男がいないのではないが、寄ってこられると面倒なのである。あるとき女友達に、真理子は言った。
「わたしは尊敬できる男が好きなのよ、年配で落ち着いている人がいい。若い男はぎらぎらした欲望を発散しているのが多いでしょう」
 友達の彩子は、
「真理子には、お父さんの幻が付き纏っているのじゃないかなあ、真理子の描くお父さん像に似た人をイメージしているのでしょう」
と、真理子の心のうちを覗くようだった。
―そうかなあ、そうだわね、きっと―
 真理子も、それには気づいている。
―どうしてわたしは、父捜しにこだわっているのか、ばかばかしいと思うときもあるのだけれど、忘れていると、催促するように顔を出してくるこの思いを、恨めしいと思う。こういうのを想念の呪縛というのだろうか―
作品名:色即是空 作家名:佐武寛