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猫になって歩けば棒に当たる?

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 やっぱりミルーさんは怖い方なのね。面と向かって謝るのが怖くなってきた。手紙とかじゃダメかな。あぁでも猫じゃ手紙とか書けないか。
「でもぼく今ミルーさんを探している途中だし……」
 なんだか面倒なことになりそうな予感がしたので逃げ腰の体制をつくる。昔から面倒事には首を突っ込まない主義が体に染み付いているのだ。
「そ、そんなぁ、うっ、うっ。ぼくスズ君に置いていかれたらどうしていいかわかん……」
「あ、おい。泣くことないだろ」
 数秒でマジ泣きモードに入ったので流石にびっくりした。まだまだ子供なんだろう。
「だ、だって」
「わ、わかったって、取ってきてやるから泣くなって。ほら、これで涙を……」
 っていつも常備しているハンカチがない。って当たり前か猫だし。
 ――ぶびー。
 なんだ拭くもん持ってたのか、って
「おい! なにひとの尻尾で鼻かんでんだよ!」
 人一倍尻尾は気に入ってるのに! 今日の朝だって歩きながら手入れしたっていうのに。
「え? だってこれでって尻尾向けてきたからそうなのかと」
 ハンカチとる仕草で後ろを向いたことでシャルトーのほうに尻尾うを向けてしまっていたのか。
「それで、ほんとに手伝ってくれるの? ほんとにほんと?」
 ぼくの落胆の様子をよそに目とかんだばかりの鼻をキラキラさせて尋ねてきた。
「あーもー、しょうがないな。やってやるって」
 と、こんなわけでシャルトーの手伝いをさせられる羽目になった。そうぼくは昔からお人よしな性格が染み付いているのだ。それが原因で重傷を負ったというのに。
 
「それでこの部屋なのか?」
「そ、そう……」
 中庭から移動してきて現在屋敷のある部屋の前にいるs。ぼくはどうしてもシャルトーのお願いを振り切ることができずにここにいた。
 扉は虎子望さんのお父さんの書斎ほど立派なものではなかったが、猫神様ご自慢のキャットフリーな猫専用扉はここでも存在感を際立たせていた。
 部屋まで案内してくれるとは言ってくれたのだが、ここに近づくほどにシャルトーは絞首刑台に連れてこられる囚人のように身震いを大きくさせていた。その原因は中にいるとある人物のせいであるらしい。
 ここに来るまでにシャルトーから事情は聞いておいた。
「談話室にあった僕がずっとお気に入りだったクッション、純君が自分の部屋に持って行っちゃったんだ」
「ふんふん。で? 自分で取りには行ったのか?」
「そ、それが純君がいるときは入りたくないし、いないときもこの扉からはクッションが大きすぎて持って出ていくことはできないんだ」
「ふむふむ、なるほど。で、純君とは誰?」
「あぁ、純君知らないのかい? ありさお嬢様は知ってる?」
「う、うん。ご主人に挨拶に行ったときに、一緒にいた女の子がそうだって猫神様が言ってたよ」
 流石に元同級生とか言ってもわからないだろうからめんどうな説明はしないでおこう。というより元人間だということは話していいものなのだろうか、いや話しても通じる相手じゃなさそうだ。
「それで純君ていうのは?」
「純君はありさ嬢様の弟さんで今ヨーチエンセイだって、センプスが言ってた」
 虎子望さんには弟がいたのか。知らなかった。
「そうか弟さんがいるんだね。それでなんで純君がいるときに部屋に入れないの? 入ったら怒られるとか猫が嫌いとか?」
「ううん、別に怒ったりはしないよ、ただ……」
「ただ?」
 ここでシャルトーはのどをごろごろいわせるばかりでなかなか次の言葉が出てこないようだった。
「――怖い。他に言葉なんて思い浮かばない。ただ、怖いんだ」
 そう言うと身体の毛を逆立ててなにか怨念でも振り払うかのように身震いをした。ここまで怖がるとはよほど不良な子なのだろうか。いやいや幼稚園児で不良とかこんなにいい家庭で暮らしているのにあり得ないだろう。でもそれならどんな理由だろうか。という具合で自問自答しながら部屋に近づいて来たのだった。
 今純君は部屋にいるはずだからぼくはここで待ってるねと言われ渋々一人で猫専用扉から純君の部屋の中へと入っていった。
「お、お邪魔しま〜す」
 我ながら意味のないことを、と思いつつも口から自然に出てしまう。さらにそーと抜き足差し足で部屋の中へ侵入していった。
 部屋はとても幼稚園児一人で使う部屋ではないだろうと思う程広く、あちこちにおもちゃが散っている。しかしいつもは手に収まるほどの大きさだったものが急にぼくより大きくなったものだからまるでおもちゃたちがぼくを見張っているような錯覚を受けた。すぐ目の前でぼくを見下ろすゴリラの人形も今にもぼくの尻尾を引っ張ってきそうな迫力だ。さらに山積みにされたぬいぐるみの中の犬はチワワなのにぼくの四倍はあり、今はドーベルマンより恐ろしく見えた。。ただそのチワワはうるうると愛嬌をふり撒まているだけなのだが。
 しかし周りを眺めてみても意外にも最近流行のゲーム類は見当らなかった。ぼくの近所の幼稚園児はみなDSとかをなぜか玄関先でやっている風景を多々見たものだが。
 教育としてまだ早いと持たせてもらえないのだろうか? それだったらやはり良い親だな、なんて上から目線な思考を展開していると、急に目の前に影ができた。
 いた! 
 と認識した時にはぼくはもうすでに彼の手によって宙に浮いていた。ここの人間には会うたび持ち上げられるな。それがぼくの最初の感想だった。
 純君は、虎子望さんにはあまり似ていなかった。ただ、彼の父親であるご主人にはそっくりだった。ご主人のひげを無くし髪をワックスで固めていなければ、純君の出来上がりだ。きりりと釣り上った目尻、鼻は少し高めで高貴な印象を持たせる。ただまだ幼いなりにふっくらと肉付きがいい頬である。
「うわー、みたことない猫いるー。こんなぬいぐるみはもってなかったから本物だ」
 なぜかぼくを持ってぐるぐると回りポヨンポヨン跳ねる。虎子望さんの時とは違い扱い方がひどく雑だ。持たれている脇が遠心力と相まってずきずき痛む。
「尻尾もふさふさだね〜」
 ぼくをさらに持ち上げ顔に尻尾が当たる位置でぼくの尻尾をいじりまわしている。どうだ自慢の尻尾だぞと誇らしく胸を張りたかったが脇が痛い。
 そろそろ下ろしてくれと抗議の鳴き声をあげてみたらすんなりおろされた。やけにあっさりしていたので今度は何をする気だと身構えたが純君はぼくを見ながらあごに手を当てうんうん唸っている。
「なにか足りないんだよね……。あ、わかった! ちょっとまってろよ〜」
 と言ってなにやら押入れの中身を物色し始めた。ぼくには待ってる義理はないので、早々と目的の物を探すことにした。
「えんじ色のクッション、えんじ色のクッションはと……ていうかえんじ色ってなんだよ。わかりにくい色指定すんなよな。赤っぽい茶色って言ってたけど……」
 おもちゃの山のほうにそれらしき色彩を発見したぼくは山の方へと接近。
「やっと、みつけた〜」
 純君はなにかを見つけたらしい。こちらもシャルトーの言っていたであろうえんじ色のクッションを発見。これ咥えて出口で鳴けば純君が出してくれるだろうなんて思ったのが間違いだった。
「こら〜、まっててって言ったんだから動いちゃダメだよ〜」