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猫になって歩けば棒に当たる?

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「おはよう? わたしはお散歩を終えてこれから寝るのよ。夜なのに寝ちゃうなんておもしろい猫ねぇ」
「あ、はは。ちょっと昨日はいろいろありまして」
「あらら、それは大変。ミケさまと一緒なら確かにいろいろあって疲れそうね」
「ま、まあ。ハハハ……」
 やっぱりあいつは神様だからだけではないめんどくささがあるんだ。センプスさんの言葉からはそれが明確に窺えた。
「それじゃあね。朝型猫ちゃん」
 そういってまたちょこちょこ歩いて行きそうになるセンプスさんをひき止める。
「あのすいません。ぼくがなんでここで寝ていたのか知りませんか?」
「あら? さっそく質問? ま、いいんだけど。というよりスズ君のほうは覚えていないの?」
「それが寝床に入って寝ていたつもりだったんですが……」
「あら、そこから記憶がないのね。フフフ……」
 口元を尻尾で隠しおかしそうに笑いながら彼女は座った。なぜテディベアのように座る? そこも聞きたかったけど今聞くべきではないとぐっと堪えた。
「あの、知っているんですか?」
「ええ、私が食事をしている時だったけど、ミルーが大きな声をあげるものですからびっくりしてね。あ、ミルーっていうのはロシアンブルーのあの子ね」
 ほう、あの子はミルーというのか。頭に入れておこう。
「それでミルーが『そこは私の寝床よ! 勝手に入るんじゃないわよ、豚やろう!』なんていうものですからはっきり覚えてますよ。基本ミルーはおとなしい子だから」
「ほ、ほんとにそう言ってたんですか?」
 あのプライドが高そうな子が大声をはってまでそんな罵声を吐くなんて。豚やろうって。どんだけ嫌われてるんだぼく……
「ま、豚やろうっていうのは嘘だけど。フフ」
「ちょ、ちょっとしゃれになってないですよ」
「フフフ。スズ君からかいがいがあって面白いわ。とまあそんな感じで怒鳴ってるのに聞こえてないみたいで君がぐうすか寝ちゃうものだから、ミルーもぷんぷんでね。頭から湯気まで立ち昇ってたわよ」
「は、はぁ」
 最後のは流石に冗談だとしても、疲れていたとはいえ女の子の寝床で寝てしまうなんてすごい失礼だったなぁ。後できちんと謝ろう。
「それで君をすぐに寝床から蹴って出してたわね。その右の頬が少し赤いのはそのせいかしらね。かなり手荒な出し方だったわぁ。というかそれで起きない君もどうかと思うけど」
 それで右の頬が痛かったのか。なるほどなるほど、人間の女子でいうほっぺにびんた状態だな。
「まぁ、そんな感じでスズ君はここに叩きだされたってわけ。それじゃ私もう眠いからいくね〜」
「あ、すいません。ありがとうございました」
 センプスさんはまたちょこちょこ歩いて去って行った。
「んー、それじゃあミルーさんに謝まらないとな。でもその寝床にいないし」
 昨日ぼくが誘蛾灯に誘われるようにして入って行った寝床に彼女の姿はなかった。
 厚い灰色の雲で覆われた空では太陽を見ることができないけれど、流石にこのお腹の減り具合は朝の九時くらいと予想。腹が減っては戦はできぬということで見つけにくそうな彼女ではなくて先に食事を見つけることにした。

「ふいー、食った食った〜」
 幸いにも食べ物はこの部屋の中にあった。たいして探すこともなく食べ物にありつけた。
 昔人間のころに食べた猫缶のツナは味が薄くて食べられるものじゃなかったと記憶していたので、最初は不安だったけれどいつもの食事よりむしろおいしく、お腹八分目で我慢することができずこうしてお腹を抱えている。
 うまい食事で忘れかけていたけれどミルーさんを探しに行かねばならないんだ。
 あの日のことは人間で例えると本人が見ている前で女子のベッドに顔をうずめるというシチュエーションだろう。しかも会って間もない全然知らない子のである。改めて思い起こしてみると今更ながら恥ずかしく思え、顔が熱くなってきた。
 外に出て顔を冷やそうと思い部屋を出る。見る人のやる気を奪うようなどんよりとした雲が空を覆ってはいるが、初夏の香りを漂わせる中庭を歩く。
 この中庭は枝がだらしなくたれさがっている木を多く見ることができる。しだれ桜だろうか。このやる気のなさそうな感じはぼくの好みに合致している。春は過ぎ花を拝むことはできないけれど青々とした濃い匂いが辺りを夏色に変えている。
 木の間を縫うように歩いているとひときわ高い木の上で、屋敷の窓を凝視しているシャルトーを見つけた。なにやら昨日とは異なる神妙な雰囲気を漂わせて窓を見ているので声をかけるのを躊躇したのだが、ぼくの気配に気がついたのか一転昨日と変わらぬのんきな声であちらのほうから声をかけてきた。
「おーい、こんなところでなにしてるの、っさ」
「ああ、実はミルーさんを探していてね」
 腐っても猫である。ぼーとしていても軽々と木から降りてた。最近はメタボ猫なんてのもいるけど適度な運動はしていそうだ。
「ミルー? 今日はまだ見てないなぁ」
「そうか残念。そういえばシャルトーはさっき寝るとか言ってなかったけ? こんなとこで寝ていたのか?」
「ふぇ? ぼく寝るなんていつ言ったっけ? 言ってないよー、今日は朝七時くらいまで寝ていたんだもの、眠くなんかないよ〜」
「あ、え? そうなのか? 寝起きで聞き間違えたかなぁ」
「大丈夫? もうボケているのかい? 見かけによらずお年寄り?」
 こいつにはボケているとか言われたくなかったが、ボケはともかくここの猫たちと比べて年季が入っているのは間違いない。ぼくは一七だから猫年齢だとかなりのお年寄りに分類されるはずだ。
「あー、まいっか。ぼくが寝起きでボケていたんだろう。それじゃあね」
「あ、ま、まって」
「ん? まだなんか用なのか?」
「う、うん。実はお願いしたいことがあって……」
 シャルトーはさっきぼくが来たときに見ていた、丸い窓を見上げて真剣な顔をつくった。
「えっとね、ある部屋に置いてるクッションを取り返したいんだ」
「はあ? そんなの自分でとってくればいいじゃないか」
「そ、それができないから君にお願いしてるんだよぉ」
 二言目で先程までのキリリとした顔が一変、ぼくのつれない態度に顔のしわが深くなった。
「シャルトーにできなくてぼくにできるとは思えないけど……」
 年季が入ったおじいちゃんだからではない。猫歴たった二日目なぼくにシャルトーができないことを頼まれても困る。実は未だに高いところから飛んで降りるのが少し怖い。恥ずかしながら心の中で掛け声を出してからでないとうまく足が動かないときもあるのだ。着地の瞬間は自然に受ける体制になってはいるのだけれど。
「だ、大丈夫だよ。ぼくは臆病だけど、スズ木君だっけ? スズ木君なら勇気あるしできると思う」
「あ、一応ぼくはスズっす……」
 昔の名前が出てきて、うんとか言っちゃうところだったけど。
「でもぼく自慢じゃないけど勇気とは縁のない奴だと思うけど
「えっ、そんなことないよ! だって昨日の夜さ、初日からミルーの寝床を奪っちゃおうとするなんてすごいよ! ぼくなんてあの目で見られただけでおしっこちびっちゃいそうだもん……」
「は、はぁ」