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猫になって歩けば棒に当たる?

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 集まってきたのは四匹。種類は違うようだけれどみな毛艶が良く毎日欠かさず手入れされているのがうかがえる。血統も良いのだろう。
 よくよく観察してみるとぼくに興味があるようなのは二匹だけのようだ。
 一匹は結構有名な猫でぼくでも知っているアメリカンショートヘアー。瞳をきらきらさせてぼくを隅から隅まで観察しようと意気込んでいるように見える。
 あとその二つ隣の子。猫のくせしてやたら足が短い。ぼくの知らない種類だ。こちらはなんだか包み込むようなお母さんオーラを放っているのを感じるのだが、いかんせん足が短いのと座り方がテディベア座りなことにより癒し系だ。
 そして興味がないというかなんというか。とりあえずボーっとしているようにしか見えない子がさっきの二匹の間に。
 そして端に先程あの部屋で見かけたロシアンブルーの子いた。なぜだか分からないが強烈な憎悪をぼくに向けてくる気がする。この恨みのこもった感情を興味といえれば最初のセリフは三匹になるのだけれど……
「ではおぬしのほうにも紹介しておこうか。まずこいつがアメショーのロイ。面倒見がいいから基本はこのロイにお世話になるといいニャ」
「オッス、よろしくなスズ! わかんないことがあったら俺に聞くがいい」
「んでもってその隣がノルウェージャンフォレストのシャルトー。基本ボーっとしてるから和みたいときにはこいつと一緒にボーっとするのがおすすめニャ」
「んー? なんか言った?」
「いいや何も言ってニャ。こいつと会話し始めると地球の自転が半周程してしまうからニャ。それでその隣がマンチカンのセンプス。なんでも知ってるからわからないことがあったら、彼女に聞くニャ」
「ミケさまったら何でも知ってるのはあなたでしょう? 比べられたら私なんて大したことはありませんよ」
「んでもって最後に……」
 猫神様の顔が向けられた途端その子は猫神様のセリフをを斬って捨てるかのように言う。
「ミケ様別にあたしは紹介とかしてもらわなくたっていいわ。ただそいつの間抜けな面を見に来ただけ。ミケ様ったらなんで下劣な雑種なんて連れてきたんだか、高貴な屋敷が穢れるわ」
 そう言ってその子は背を向け歩み去ってしまった。
「ぼくなんかした?」
 やはり嫌われているのは間違いないようだった。
「いいや、おぬしは悪くないと思うニャ。純血種こそが優れていると思っているちょっと困った子でニャ。根はとってもいい子なんだけどニャ〜。しかもおぬしのありさお嬢様からの気に入られようが少々癪にさわったようだニャ」
「そ、そうなのか……」
「あの子はロシアンブルー。誇り高く優雅なのだけれど嫉妬深いところもあるから……でもミケさまがおっしゃった通り根はいい子だから仲良くしてあげてね」
「は、はい」
「お、めんどくさい自己紹介は終わりかい? んじゃさっそくあそぼーぜ! ほらボケっとしてんなって!」
「あ、おい尻尾噛むな! ぼくの綺麗な白い毛が!」
「きーにすんなってほら早く!」
「あ、だから引っ張るなって!」
 顔をあわせて三分もたっていないのに、ここの先住猫にもう慣れてしまっているぼくは複雑な思いを抱く。人間だった頃の僕は他人に馴染むのに長い歳月を費やした。あの時の僕は将来に不安を抱き、未来に希望を見出せず、外界との繋がりをできる限り抑え、漫然と毎日を歩んでいただけだった。変わり映えのない毎日。何らかの変化を欲してはいたが足は地に張り付いたまま。一歩踏み出すことなんて考えもしなかった。
 結局頭では変化を求めてはいても実際に変わることが怖かったのだ。平穏が崩れてしまうことは恐ろしいことだと錯覚していたのだ。周りの目、社会の目に怯えていたのだった。
 けど神様を名乗る頭のネジが五本は外れているような猫の常識外れの誘いを受け、こうして新しい世界に飛び込んできたことによってぼくにも変化が生まれたのだと思う。もちろんこの先どうなるのか不安でいっぱいだ。でもそれ以上に期待が胸の中で渦巻いて溢れ出そうだ。。だからこの先の未来、なにが起きても怖くないんだと思えた。
 あの時の僕は自分が嫌いだったから人間が嫌いだったのかもしれない。
 ちょっとだけでもいい。猫という新鮮な世界で自分をもっと変えることができたのなら、もっと自分を好きになれるんじゃないかななんて思った。

 ぼくが虎子望さんの家に住むことになった長い一日が終わろうとしていた。ガラス張りの天井には目が覚めた時と同じように痩せた月が淡い光を放っている。
 ただ人間にとっての一日の終わりはぼくら猫にとっては一日の始まりであるのだが
「流石に眠いな〜」
 猫になって覚醒したのも夜だったから丸一日起きていることになる。時差ボケに似たなんとも言えない怠惰な気持ちになっていた。
「なんだよ〜、でかい欠伸なんてしちゃってさ。まだまだ遊ぼうぜ〜」
「うーん昨日から肉体的にも精神的にも疲れることが続いたから疲れてるんだよ。少し休ませてくれ」
「そんなぁ、もっと遊ぼうよ〜夜は始まったばっかじゃん」
 せがむように足や尻尾に軽く噛み付いてくるロイを軽く振り払う。飴をせがむ小さい子供を相手にしているみたいだ。
「だぁー! あっちでシャルト―と遊んでくればいいだろ!」
「だってシャルトー動くの遅いんだもん。遊んでても全然おもしろくないよ」
 そのシャルトーは天井のガラスに一番近い、最も高いタワーの上でぼーとなにかを見ている、と思う。
「た、たまにはシャルトーみたいにさ、こう月をだな、じっくり観察して感慨にふけるっていうのはどうだ?」
「はぁ? 月を見てて何が楽しいのさ。わかった。もういいよ外出て遊んでくるから」
「あ、あぁ」
 そういってロイは前足で転がっていたおもちゃを蹴り部屋の外へと姿をくらませていった。
 少し拗ねてしまったようだが他人のことまで思いやっている余裕がぼくにはなかった。まぶたが重力以上の力で下に引かれる。疲労が眠気を誘い、眠気がぼくを夢へと誘う前に、近くにあった暖かそうな毛布の揃った寝床を見つけそこにもぐりこんだ。
「そこは……の……こよ!」
 という叫び声もぼくの鼓膜には届いたが脳には届いて来なかった。

 ひげをくすぐられているようなむずがゆさを感じてぼくはぼんやりと視界を開いていった。
「おーい、こんなところで寝ていたら風邪になっちゃうんだよー」
「ぁ、へ?」
 ぼくのひげをいじっていたのはシャルトーだったみたいだ。
「あ、れ? 君がなんでここに? というよりなんでぼくはここに?」
 寝る前の意識はあいまいだったけど確かぼくは寝床のようなところまで行ったはずなのに、なぜかこんな固くて冷たい大理石の床で寝ている? 酒に酔った覚えはないんだけど。
「まー、起きたならいーや。それじゃおいらはねるよー、ふにゃーぁ」
「あ、おい。マイペースな奴だな。なんでここにいるのか聞こうと思ったのに」
 おぼろげな記憶だがぼくの寝ていた所はもぐりこんだと思われる寝床からそこまで離れていない。こんなに寝ぞう悪かったけなぁ。しかも右の頬がなぜだかズキズキ痛む。頭を悩ませて唸っているとセンプスさんがちょこちょこと歩み寄ってきた。
「あら? やっとお目覚め?」
「あ、センプスさんおはようございます」