猫になって歩けば棒に当たる?
ぼやきながら猫神様のところへ飛び移った。
「んで? あいつら何なのさ?」
「今説明しても、頭がついていけないと思うからまた、機会が来たら詳しく説明するニャ。ただ……」
「ただ?」
「奴と会ったら全力で逃げるニャ」
「――だから語尾がわかりにくいって、それ設定ならやめろよ」
「関わりを持たないようにするニャ」
「無視しやがった……」
「危険な奴だニャ。わしとも敵対関係のような立場にあるニャ」
「ふーん、そうなんだー」
「真面目に聞けニャ!」
後ろ足で蹴られた。
「いたいなあ、真面目に聞かせてくれないのはお前が原因なのに」
「フン、行くぞ、ニャ」
「思い出したように付け足すな……」
少々機嫌を損ねてしまったようだ。
先程の慎重な歩き方とはうって変わって大地に八当たるかのように踏みしめて歩いていた。それにぼくはひょこひょこついて行った。
「ココ、ニャ」
そう言って立ち止ったのは、見上げるほど大きな門がある屋敷の前だった。猫だから見上げるというわけでなく、人間の大きさでも見上げる大きさである。
「でっかいなー」
「ま、わしを祀る位の家柄だから大きくて当然ニャ。古くからお世話になってるニャ」
「お、おまえ祀られてるのか!?」
「神様だからニャー。ほれ行くニャ」
「あ、ああ」
いまさらこいつの神様性を実感しつつ後について敷地を跨いだ。
門をぬけてからどれだけの年月が流れただろうか……と思ってしまうくらいこの屋敷の庭は広かった。林を抜け、川を渡り、湿地帯を走り抜け、湖のような規模を持つ池を眺め
「ここにはうまい魚がいっぱいいるんだニャ。でも時々一メートル位の体躯で鋭い歯がいっぱい並んでる魚もいるから気をつけるニャ」
という猫神様の言葉をスル―して、やっと、やっとの思いで家の輪郭が見えてきたのは、霞がかった朝日が上半分程を見せ始めた頃だった。
「お、屋敷が見えてきたニャ。うちの庭の案内は大体これくらいにしておこうかニャ。この庭に無いのは山と海くらいじゃないかニャ」
「な、なんで直接屋敷に行ってくれなかったのさ」
「うーん、おぬしを猫の身体に慣れさせるためと、散歩ニャ」
「ち、ちなみに門から最短で屋敷までどれくらいかかるの?」
「まー、三分も歩けば着くニャ」
その軽い調子に一層疲れ、弱った体を引きずり建物へと向かった。
「これが猫専用の出入り口ニャ」
本当に猫が一匹入れるくらいの大きさの穴があり、そこにドアが付いている。友人の家でも見たことがある。
「うちの猫しか通れないような仕掛けがしてあるから今のおぬしだと入れないニャ」
「そうなのか……っておい。ここまで来させて放り投げる気か」
「そんなわけないニャ、ちょっと待ってるニャ」
そう言って猫神様は穴の中へと姿をくらませていった。
「ふにゃー」
そんな声が自然と出てしまったぼくはだらしなくお腹をさらして倒れこんだ。
話がいろいろと急スピードで進みすぎて、頭からスパークが飛び散っているのではないかと思う位頭が熱い。猫になって、変な黒ネコに会って、馬鹿でかい屋敷の庭を無駄に案内されて……
ダメだ、頭だけじゃなく全身が疲れいてまともに思考が働いてくれない。いっそこのまま寝てしまおうか。朝日がポカポカして快適な環境だ。
――リンッ。
澄んだ空気を震わせる優しげな音色が聞こえてきた。音と共に猫神様が穴から姿を現した。ある香りを周囲に発散しながら……
「お、待たせニャ。ちょっと探すのに手間取ったニャ。すまんすまん」
「探すのじゃなくて、ツナ食うのに時間かかったんだろ」
「! なぜそれを!?」
「匂いがぷんぷんするわ! ってか口の周りべたべたじゃねーかよ!」
「おっと……」
前足で顔をクシクシ掃除し始めた。今更やっても遅いと思いますけど、まあそのままにしておくのもおかしいか。
「ま、いいや。それで、その首輪をすればいいのか?」
「あ、そうニャ。これを首に巻くニャ」
口に食わえていたその首輪をぼくに寄こしてきたのだが
「汚ねーよこれ!」
汚れた口で咥えていたため首輪にはツナがベッチョリ付着。正直言ってつけたくない。
「文句を言ってもそれしか屋敷に入る方法はないんだから、さっさとつけろニャ」
まだ気になるところがあるのか一生懸命顔を掃除しながら言ってくる。まったく誰のせいだよ、誰の。渋々、首輪をつけようとするのだが
「む、おっお、おいこれつけられないぞ」
猫の手ってこんなに物を掴みにくいのか。首輪をつけることなんて自力でできないだろ! 猫の手も借りたいとか言うけど、こんなの役に立たないよ!
「なーにやってるニャ。首輪もまともにつけられんのかニャ。だらしないのぉ」
「て、手伝ってくれ
「だーれに物を言ってるのかニャ? 聞こえないニャ」
「っく。て、手伝ってください、猫神様……」
「よしよし、最初からそう言えばいいのニャ。ほれ貸してみい。まったくこの程度の首輪ができんとは情けないニャ」
「あ、お、おい。ぞんなに、びっばる――ゴフ」
「あ、ごめんニャ。意外と難しいニャ。ここをこうして……んで、これはどこに接続するんだニャ?」
一本のひもに鈴が付いた簡素なものなのに、なんでそんなにいろんな部分が出てくるんだ!端っこのフックを掛けて止めるだけだろうが!!
「あ、ここにこう通せばいいのかニャ。それで……」
「ダー、おまえどこに何を通してるんだよ!」
「だから、これをここに……」
「グエッ」
「あ、ごめんニャ」
――結局この作業はお日様が一日の半分の仕事を終えるまで続いた。
薄暗いトンネルを抜けると、そこは異世界だった。
――別に次元を超えたとか、平行世界に飛んだわけではない。
ただただ現実離れした屋敷の雰囲気に飲まれ、そう錯覚しただけである。
本やアニメに出てくるヨーロッパの貴族が住んでるような屋敷の和風版とでも言えばいいだろうか。玄関の扉の横の猫通用口から出てきたようなのだが玄関からして違う。玄関前に人間でも見上げてしまうほどの木彫りの像があった。魚をくわえているから鮭をくわえた熊の像かなと思ったが、鯛っぽい魚をくわえた猫だった。こっからもう猫様様なのね、なんて少し呆れていると
「どうしたのニャ? ただでさえ阿呆な面をさらに阿ッ呆な面にして」
「う、うるさい。阿呆とかいうな」
「そんなにむきになるニャ。ちょっとからかっただけだニャ。この家はわしがご利益をもたらしてやってる家系の本家の屋敷ニャ」
「ご利益?」
「わしが成功させてやった商談は数知れず、いくら優秀でもわしがいなかったらここまでは大きくならなかっただろうニャ」
「……」
本当に神様なのか疑問に思うことが多いのに、時々やっぱり神様だったんだと再認識させられる。
「ま、自分の家だと思ってくつろぐといいニャ」
「お、おう……」
「まずは、わしのご主人に挨拶でもしようかニャ」
「ご、ご主人ですか……いきなりボスからかよ。な、なあ、もし受け入れてくれなかったらどうするんだよ。野良生活?」
作品名:猫になって歩けば棒に当たる? 作家名:月灯