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猫になって歩けば棒に当たる?

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 もちろんアホにしか見えなかったがここは話がうまい方に転がるように肯定しておいた方がいいと判断した。
「ですよね! やっぱり猫は最高です。私は動物では猫がダントツに好きなんですが錫木君はなにがお好きなんですか? やっぱり犬派ですか?」
「いや僕も猫が一番好きなんですよ。あの自由な暮らしぶりとか、優雅でいて時に愛らしい仕草を見せてくれる所とか良いですね」
「まあ、錫木君も猫派なんですね。じゃあ私達仲間ですね」
「へへ、仲間ですね」
 この後も猫トークで盛り上がった。猫の生活を実体験している僕にとって虎子望さんのディープな猫話についていくことは他愛もないことだった。僕が思っていたよりも自然に猫の話になっていったので助かった。やはりそこの虎子望さんの腕の中で涎を垂らしながら寝ている猫の登場のおかげであることは疑いようもない。少し奮発して市販のパンでなくパン屋さんで焼きたてのパンでも買ってあげることにしよう。
 しかし虎子望さんは猫神様が言っていたほど元気がなさそうには見えなかったし、むしろ学校にいるときより活き活きとして見えたのは僕の思い込みかそれとも僕の目が節穴なのか……
 ひとしきり話が落ち着いたところで長くいるのは悪いからと虎子望さんは立ち上がった。僕としてはもっともっと話がしていたかった。今日は昔のように顔を合わせるだけで緊張したりしなかったし、話も盛り上げることができた。この調子ならいま、ここで……
 虎子望さんがドアを開く。
「それじゃお元気で」
 い、言おうか。
「あ、あの……」
「ん? 何でしょう?」
「――今日はありがとうございました。とても有意義な時間でした。次回会うときは学校で」
「はい、早く退院できることを願っています」
 ドアが音も無く閉まっていく。そして微かな接合音を残し完全に動かなくなった。やはり言うべき時は今じゃない。もっときちんとした計画を立てて、言うべき言葉を決めて場所ももっとロマンチックなところにしよう。夕暮れ時の教室なんて素敵じゃないか。そうだ今言うべきじゃない、これでよかったんだ。
「この腰ぬけが」
 自分を納得させようとしている大事な時に邪魔してくる鬱陶しい猫がパイプ椅子に残っていた。いつの間にかに目覚め、虎子望さんの腕の中から逃げ出していたらしい。
「腰ぬけとか言うな。実際今この場のノリで言ってしまっていたらうまく言えなかったに決まってる」
「そうやって今度のチャンスがあったときも逃げ出すのであろう? いやもうチャンスなど無いかもしれん」
「そんなことはない。しっかり作戦を練って告白するんだ」
「ふん、そうか。まあ頑張れ、ニャ」
 鼻を鳴らして窓から姿を躍らせる猫神様は怒っているようだった。なぜそんなに怒っているのかは分からないが今ここで勢いだけで告白してしまっては想いも響いていかないだろうし、何より僕自身が後悔しそうな気がしたのだ。
 そう、後悔しそうだったんだ……

 神様の加護のおかげか僕はあの日から1週間後の今日完全に退院することができた。長らく世話になったであろう病室に軽く礼をして部屋を出る。意識があってここで活動していた時間はとても短いものであったのだがそれでも自然と感謝の気持ちが胸に込みあがってきた。
 ありがとう、そしてさようなら。
 担当の医師と看護師さんの何人かに挨拶とお礼を言って母親と病院を出る。冬の始まりを感じる鋭く冷たい空気が僕の身体を刺激する。
 病院から解放された喜びを胸に外の空気を胸いっぱいに含む。身体が浄化されていくような気がした。 母親が呼ぶ声が聞こえる。僕はなるべくめんどくさそうに聞こえるように返事をした。だって僕は高校生だから。

 高校生。高校生の本業はもちろん……
「であるからして、受験対策は二年の冬休みから始めなければ確実に他の者に置いていかれる。わかったら勉強してこい」
 と勉強なわけである。
 僕は退院をした次の日からもう学校に行かされていた。もちろん勉強は嫌だし、こうして時折興味本位でちらちら目を向けてくるクラスメイトの視線も耐えがたい。しかし一刻も早くまた彼女の姿が目にしたかったからこそ、こうしてまたつまらない日常に戻ってきたんだ。いやもうつまらない日常なんかにしない。今度こそ告白して人生をわくわくするものに変えてみせる。
「はい、錫木HRだからってよそ見していいわけじゃないぞ。お前は勉強だって遅れてるんだからどうにかしろよ」
「は、はい。すいません」
 なんだよどうにかしろって。どうにかするのを手伝ってくれるのが教師ってものじゃないのか。なげやりな叱り方にいらっときた僕は努めてだるそうに返事を返した。その態度にもたいして興味もなさそうに教師は話を再開させたので僕はまた自分の世界に旅立っていく。
 昨日の晩、布団の中でごろごろと転げまわりながら考えた告白の作戦を思い返してみる。
 まずは無難に手紙で屋上に呼び出す。この時点で来ないことは作戦から除外する。そうしないと話が進まないから。そして前々から考えていた夕暮れの中で告白のフレーズを思いきって言うんだ。
 特に変わり映えの無い作戦だが僕のこの熱い気持ちを聞いてもらうことがなによりも大切だと思った。
「それでは今日はこれまで。恋愛ごとにうつつを抜かしている奴は受験で勝てないぞ。先生の言うことは大抵当たるからなー。しっかり勉強しておくように」
 と締めくくられ退院後最初の学校での一日が終わった。がやがやとクラスメイトが帰り支度や部活へと向かう中僕は虎子望さんの姿を目で追っていた。彼女もゆっくりと教科書やらノートを鞄の中に入れているので帰路につくのだろう。午後四時の夕焼けが教室内を朱色に染めている。僕の頬も紅く染まっていることであろう。十分程すると教室内に静寂が訪れ、僕は手紙をしたためることにした。
『背景
 夕焼けも綺麗な夕方にあなたに伝えたいことがございます……』
 いやいやこれはちょっと違うな。お歳暮じゃあるまいし、堅苦しいな。
『突然のお手紙驚かれると思いますがあなたに伝えたい想いがありまして、この手紙をしたためました。今度の金曜日の放課後学校の屋上まで来ていただけないでしょうか。お願い致します』
 うーん、近いけれどこれもまだ堅い感じがする。もっと若者らしく元気な感じでいこう。
『こんにちは。急に手紙なんか出してごめんね。君のことが気になってこんな手紙を出してみようと思ったんだ。今度の金曜日……』
 おおい、これじゃ告白しますってことバレバレじゃないか。これを見られたあと絶対に普段と同じように生活することなんてできない。いや、待てよ。これなにも自分の名前書かなくてもいいんじゃないか? 告白の日まで誰かわからなければ僕も普通に過ごせるだろう。
 よし。
『こんにちは。急な手紙で驚かれるとは思いますが……』
 いや、そもそも手紙はいっぱいもらってるんだよな虎子望さんはもてるから。
『こんにちは。汚い字で失礼します。』
 いや、これも書く必要ないな。もう簡潔にしよう。
『こんにちは。今度の金曜日あなたに伝えたいことがあります。放課後、学校の屋上で待っています。お時間あれば来ていただければ幸いです』