猫になって歩けば棒に当たる?
「細かいニャー」
「しかも僕になにを打たせようとしてるんだよ」
「こ、細かいことは気にしないでいいんだニャー。今のはおまじないみたいなもの。きっとこれでどんどん良くなるニャ」
「今ので!? 本当かよ。全くそんな感じしないんだけど」
「そりゃすぐ効く薬なんてないニャ。明日、いや明後日? うーん一週間後には……」
「おいおい、どんどん時間延ばすのやめてくれ」
本当にこんなので効いてるかなあ。やはりこんな神様信じない方がいいのかも。三百円神様だからな。期待した僕が悪かったのかもしれないな。
「そ、それじゃわしこれからご飯だからもう行くニャ。早く治って告白できると良いニャー」
「治ってって治したんじゃないのかよ」
「そりゃおぬし次第ニャ。神を信じる者は救われる。それじゃパンのこと忘れないでニャー」
結局自分の都合の良いところだけ忘れないように釘をさして逃げていった。これから本当に僕は動けるようになるのだろうか。虎子望さんにもう会えない予感が一瞬頭によぎったが弱気ではいけないと喝を入れ直す。絶対に会って告白するんだ。そのためにはまずこの身体を復活させなければどうしようもない。どんな苦労も厭わないですからどうかこの僕の身体が早く治りますようにと僕は神に願った。
もちろん三百円神様以外の神様にだ。
それからの僕は担当の医師が度肝を抜かれる位の勢いで回復していった。奇跡なんて信じないといつも頭を振りながら去っていく医師をみるとこちらが逆に申し訳なくなってくる。しかし患者の回復を素直に喜べない医師っていうのもひねくれていると思う。
あの時粉々に砕かれたと思った骨も今は何事もなく動き、内臓は確実に破壊されていたであろうが、こちらもなにも問題なさそうだ。長い間寝ていたことで弱った筋肉を回復させる位のリハビリだけで済みそうなので神様の御利益とやらに感謝しないといけなそうだ。
病院の看護婦さんとうふふな関係になったりするはずもなく、僕は一心不乱にリハビリに励んでいた。というより自称三十代のおばちゃんとそんな関係になりたくはない。
それにしてもなんでこんなにも病院食というものは味気ないものばかりなのだろう。虎子望家での食事が僕の舌を肥えさせたのであろうか、いやそれだけではないはずだ。こんなに激しく運動しているにも関わらず全然カロリーの摂取できないこの食事は僕の回復の妨げにすらなっていると思う。僕はなるべくこの志が熱いうちに虎子望さんに告白したいのだ。はやく家に帰ってまともなものが食いたい。とはいっても家には虎子望家で猫用で出ていたものより粗末なものしかないだろうが。
無駄な時間は無いんだ、と明かりの消えた病室で僕は腹筋を鍛えていた。しかし巡回中の看護婦さんが物音に気がつき必死の抵抗空しく病人のごとくベットに縛り付けられてしまった。
「あんた、病人でしょ。病人はおとなしく寝るときは寝るの!」
僕はもう病人じゃないんだ。ただ非弱なだけだ。神様のおかげで身体はいたって健康なんだ。とは叫べず、ただの駄々っ子みたいになってしまっていたので最後はすんなり従いました。
ただ筋トレと暴れたせいか目が冴えてしまい寝入ることができず、天井の穴の数を数える位しかやることがなくなってしまった。
そこに現れたのは、話を長く続けると頭が痛くなってしまう三百円神様であった。
「おーおー、子供のように駄々をこねおって。おもちゃ屋にいるどうしても欲しいものがあって床を転げ回りながら鳴き叫ぶ子のようだったニャ」
「僕はそこまで喚いちゃいない」
「ふん。そんなにかわりなかったニャ」
くそう。あの場面を見られていたとは不注意だった。あいつに言われると無性に腹立たしいのに、言い返せないからさらにむかつく。
「それで何しに来たんだよ。まだパンは買えないぞ。家に帰れないとお金がないからな」
「むう。まだ買えないのか。まあ今日は魚屋のおばちゃんにあじの切れ端をいただいたから大丈夫だニャ」
「んじゃ何しに来たんだよ」
「いやーおぬしももうあと一カ月ほどしたら退院できると聞いたものでニャ」
「どこでそんな話聞いてきたんだよ」
「ふっふっふ。おぬしの母上と医者が話している内容を傍受したのニャ。わしの耳は優秀だからニャ。人間よりはるかに聴覚がいいからニャ」
「ふーん」
「反応薄いニャあ。もう少し驚いてほしいニャ」
「だってお前が話している内容が大抵自慢だったり、すごいだろーって言ってるのが丸わかりだからいちいち驚くのが面倒でさ」
「面倒とかいわないでニャ」
「それを毎回聞いてると頭が痛くなってくるんだって」
「わかった。今回は頭が痛くなる前に核心の話するから待ってニャ」
「あの最初の時みたいに単刀直入にお願いする」
「う、うん。今回わしがわざわざおぬしの病室に来たわけは」
「わけは?」
なぜか過剰にあせるような仕草を見せる三百円神様。話すことがまとまっていないんだろうか。
「ありさがくる」
「は?」
ありさ? 虎子望さんのことか? 来るってどこにだ? ここ? 焦りすぎたのか話が全く見えてこないのでゆっくりと聞き返した。
「単刀直入というより説明がなさすぎで全く何の話がしたいのかわからないんだけど、もう少し気持ちを落ち着かせてでいいからわかりやすく簡潔に話してくれる?」
「あ、もっと長く話していいのかニャ。これくらい短くないと頭痛くなっちゃうのかと思ったニャ」
あー、頭痛くなってきたー。
「はいはい。まだ我慢できるからちゃんと説明してくれ」
「わしも短くしないといけないと思っててどうやったらうまく伝えられるか頭を悩ませていたんだニャ」
ここまで短くしたらもうなにも伝わらないよ。ダイイングメッセージじゃあるまいし。
「おぬしの意識が覚めたことは学校の方にも連絡が行ってるみたいでニャ。順調というより誰か様の恩恵を受けてるんじゃないかってくらい回復が順調だから、誰かお見舞いに行こうという話になったみたいなんだニャ。それでクラスで花を渡そうという話になったらしいが、肝心の誰が行くって話になって」
「で、なんでそれが虎子望さんになったんだ?」
「さあ理由は知らないけどありさお嬢様は学級委員だからニャ。たぶんそのせいで行かされる羽目になったんだろうニャ」
「羽目とかいうなよ。僕のお見舞いがそんなに嫌なのかあいつら」
男が花持っていくなんて野暮ですよーなんてクラスの奴がけしかけたに違いない。所詮クラス内での友情なんてこんなものか。
「これでわしの今日来てやった理由がわかっただろニャ」
「腹立つからいちいち得意げに言うな。あちらはサプライズだったかもしれない情報を僕に本当に教えていいものかよく吟味してから話したんだろうな?」
「え? サプライス? おいしそうな名前だニャ。でなにを吟味するのニャ?」
「もういい。帰れ」
ついに頭痛の限界である。軽く手を払う仕草で追い払おうとするがなぜかこっちによってきた。
「こいじゃねえ! あっち行けってことだよ!」
「なんだ帰る前になにかおやつでもくれるのかと思ったのにニャ」
「神様が物ねだるな」
「あ、そういえば最近ありさの元気がないみたいだからどうにかして励ましてくれニャ。そんじゃうまくやれよー」
作品名:猫になって歩けば棒に当たる? 作家名:月灯