猫になって歩けば棒に当たる?
「意味わかんない略し方すんなよ。普通に上司でいいだろ」
「そうかその手があったか。お主グッドアイディア!」
「普通なことしか言った覚えはないんだが」
「それで上司がオオグロと接触して力を与えたんだって」
「へー、それじゃそのオオグロが言っていたっていう混沌の神だっけ? は上司だったってわけね」
「そう言うことニャ。不安定なオオグロに力を与えることによって暴走することは予想済みだったってわけ」
「でもそうするとお前のためにオオグロは使われたってことかなんか不憫だな」
「まあ記憶は既に消去されているから覚えてはおらんだろうニャ。今頃あのセンプスにやられたことすら覚えていることなく野良猫のリーダーでもしているんじゃないかニャ」
「ふーん。でなにもできなかったお前は昇進できたのか?」
「そ、それはうまく部下を使ったという評価が……」
うーんこれは失敗だったらしいな。センプスさんの話じゃオオグロの話は聞かない、殴りたいだけ殴られ、最後はセンプスさんが助太刀に入って助けられたっていう醜態しかさらせたないのに昇進できるはずないか。
「ま、おまえが昇進できたなんて思っちゃいないからいいよ、嘘つかなくても。だって現にいまおまえはここでまだ猫のままだもんな。魚になってないからな昇進できなかったんだろう」
「いやいや、魚はうまいが自分がなるのは気に入らないから丁重にお断りしただけだニャ」
「ぼくはおまえが昇進しようと関係ないが、ここの人たちにお世話になってるんだろ。勝手に昇進して魚になんかなるなよな」
「う、うむ。まだまだうまい魚が食いたいニャ。しかしご主人はなぜコンビニのツナマヨおにぎりを出してくれんのだろうか。何度もお願いしてるのに」
「おまえ意思疎通できてなかったのかよ」
「これだけはどうしても聞いてくれないのニャ。首を振るばかりで……。今度はコンビニ業界に進出するようにご利益をあっち方面に凝縮させよう」
「職権乱用だな」
「食券? 何が食べれる食券? ねえねえ」
「ゆするな気持ち悪い。お前の想像している食券じゃねえよ」
それでもしつこくからんでくる猫神様。飯のことになると粘着度がガムよりうっとうしい奴だ。
今回は猫神様の試練なのに周りのぼくらが振りまわされた出来事になった。昇進というよりこのおバカを叩き直すような試練を与えてはくれないものかねえ。
猫になって三ヶ月の時が流れた。けれどぼくはなにも変わっていなかった。
部屋は広く快適で食べるものも毎日贅沢なもの。なにもかもが恵まれ不自由することなどなかった。しかしぼくの心に深く鋭くしつこく残っているこの気持ちが最後まで猫で生きていこうという意志を阻んでくるのだ。虎子望さんのことが諦められていないこの気持ちが。
スズとして生きていて近くで虎子望さんの笑顔を見ることがたくさんあった。だが百%喜んでいるかと聞かれれば頷くことはできない。向けられる笑顔はぼくスズにであって、僕錫木一郎にではない。優しくされ、愛撫されているだけで十分幸せであると当初のぼくは思っていたけれど、こうして三ヶ月の時を過ごしているとさらに虎子望さんの魅力に深く酔ってしまったわけである。
学校では月のような冷たく厳かな美しさを持った人だと思い込んでいたが、本当は朝日のように強く煌めくような美しさを持った人だと認識を改めさせられた。プライベートでは表情が豊かでよく笑う。特に猫といる時の笑っている顔は格別だ。
ああ、なんで人間の時にしっかり気持ちを伝えておかなかったんだろう。今じゃあちらの声はぼくに届くけれどぼくの気持ちはあちらに届かせることができない。ぼくはうーうー唸りながらゴロゴロと転がっていた。
「どうしたんだニャ? うんうん唸って。なにかにあたってお腹でも痛いのかニャ? 今日のおにぎりはかなり新しくてあたらなそうだったけど。その前にホームレスのおっちゃんと激しく競り合ったから格別ニャ。いい汗かいた後のご飯はうまいニャ」
「お腹が痛いわけじゃないし、ぼくはここで出されたものしか食べてないよ……」
「そうかニャ。じゃあなんでそんな元気なさそうなのニャ?」
「ぼく元気なく見えるかなあ?」
「こっちが質問してるんだけど。まあいつもの厳しい突っ込みが影をひそめてるしニャ」
「そっか」
「まあ悩みがあるのならわしがきいてあげようじゃないか。コンビニのおにぎり一個で。ああ賞味期限切れてないツナマヨでね」
「物とるのか。ならいいや」
「うそ、うそニャ。そんな悲しい顔しないでニャ。ほらわし神だから優しく聞いてやるニャ。ほらみいに話してみい」
「……つまんない」
「ほんとにキレがない突っ込みだニャあ」
伊達に長く生きてないだろうから恋愛に関してなにかアドバイスをくれるかもしれない。そう考え猫神様と温度差のあるままとりあえず話してみることにした。
「ふむふむ。お嬢様とそんな関係だったとは世間は狭いニャ」
「別にただのクラスメイトだったから……」
「ただのクラスメイトでもクラスが同じになること自体が何かの運命なのニャ。何気ない小さい運命が積み重なって人は結ばれるものじゃないかな」
「そういうものかなぁ」
「だが!」
急に顔を近づけてきてぼくを至近距離で見てくる。
「運命だけじゃ物事はうまく運ばないニャ。自分から動くことが必要ニャ」
「自分から動く……」
「そう動かなきゃ何事も始まりすらしないニャ。最近の若い者はそれがわかってないニャ。良いことが勝手に転がってくるのを待ってる者が多すぎるニャ。待ってても現状維持かむしろ退行していくことになるだろうにもったいないニャ」
「そうか、動くか……」
そうだ。実際ぼくは見ているだけで動こうとしなかったからこうして今悔んでしまっているわけだ。変化を求めるなら自分から始めて動かなくちゃいけないんだ。
「そうだね。自分から動かなきゃいけないんだね。でも今のこの状態でどうやって想いを伝えられるんだ?」
「そりゃ無理に決まってる。スズは猫、お嬢様は人間。意思疎通できるわけないニャ」
「うがー。それをどうすればいいのかアイデアがないか聞いてるんだよ! 話せないことくらい最初からわかってるわ!」
「おおー、なかなかいい切り返し。元に戻ってきたニャ」
「お前が当たり前のことを言うからだ」
「じゃもう一個当たり前のこと言ってあげようかニャ」
「もういいよ!」
「まあまあ。もう一回人間に戻ればいいだけの話だニャ」
「は?」
「だからまた錫木一郎に戻ればいいだけの話。なにも難しいことはない。もうそろそろ身体も起きれる位まで回復できるんじゃないかニャ。まだ三ヶ月しか経ってないけどわしの力で何とかできないことはないニャ」
「お、おい。ぼくは人間に戻れるなんて聞いてないぞ」
「そりゃなにも言ってないしニャ。でも戻れないなんて言ってないニャ。人間の頃の記憶だって残ってるでしょ」
『おぬし、猫になって生活してみないかニャ?』
ああ、確かに記憶は残ってるし人間の身体を残しておくのも不自然だった。そうか猫神様はしっかり人間に戻れる様な環境は整えていたんだな。
作品名:猫になって歩けば棒に当たる? 作家名:月灯