猫になって歩けば棒に当たる?
完全に第三者の目で眺めているとまるでおもちゃを取り合うような子供によくある光景です。深刻そうになる雰囲気がないので私は黙って見守っていることにしました。
「フーフー」
「ヒーンヒーン」
おもちゃをとられたオオグロ様がしつこく返せとやたらめったらにミケ様の口を引っ張るけれど、頑としておもちゃを譲る気のないミケ様の図は変わることなく続いた。可哀想にミケ様口の周りが少し赤くなってきてますね。ヒートアップする前にそろそろ助け船をだそうかしら。
「いい加減降参して差し出せ! こっちも疲れてきたんだよ」
「ハッハ、それがこっちの狙いなんだニャ。いくら言われても返してなんかあげないニャ。絶対悪いことにしか使わないんだニャ」
「そうかそうか。そっちがそれならもういい。わかった。もう力なんかいらね。」
「おお、わかってくれたのかニャ」
「その代わりにテメェを殺すわ」
「……え」
「とりあえずテメェがいなきゃ俺も好き勝手できるしな。というよりお前のその面が気に入らねえ」
「そ、そんな急に言われても困るニャ。穏便にいこう。ここは話し合おうじゃニャいか」
「こっちの話を全く聞く気のなかった奴とまた話なんてできるか」
「今度はきくきく。だから待て、ニャ?」
「待てるかよバカ野郎! いっぺん死んでこい!」
「フニャー」
頭を抱えうずくまってしまうミケ様。私は素早く起き上がり風よりも速く駆ける。
「む」
そして今まさにミケ様に届かんとしていた凶刃をすんでの所で止める。
「ミケ様を殺したくばまずは私を殺してからにしていただきましょう」
「ゼンブズー」
「鼻水がみっともないですよ。ミケ様」
オオグロ様と爪で鍔迫り合いをしながらミケ様を振り返る。本当に手の焼けるかた。大いにこっちの母性本能を刺激してくれるかたですね。
「テメェが俺の相手だと笑わんせんな」
「あら最後に笑うのは私だと確信していますけど」
「なめんな!」
一度距離を取ろうとさがるオオグロ様。まあそんなことはさせませんけど。
「んな!」
さがるより詰める方が速いことは足の構造上当たり前のこと。距離をとることを許さず腕とお腹に二発ずつ打撃を入れる。お腹の筋肉はかなり硬く鍛え上げられた身体でしたが、私の拳には内臓までダメージを通したような感触がありました。さらに不意の打撃にたたらを踏んでいるところに頭で顎を突きあげた。拳よりも硬い頭を使うとこでこっちの被害も少なくできる。顎も硬いので痛いですからね。
さらに足ががくがくしているところを見逃してあげるわけもなく、容赦はせず身体を押し倒して足を交差させ、首を絞める。
「降参しなさい。しないならこのまま圧迫して死んでいくか、ひと思いにこの首の骨を砕いて死ぬかの二択になりますけれど」
「クハ」
手足をバタバタさせ暴れるがもちろん首は外させない。身体をひねり叩きつけるようにうつぶせにさせ、さらに強く締め上げる。
「んーんー、ワカッタ。降参だ……」
「ご理解感謝いたしますわ」
最後にさらに頸動脈を強く締め上げ失神させる。所詮は野良猫のボス程度の力しか持ってない。私に太刀打ちできるはずがないのです。
「ふー、終わりましたよ。このかたはこの後どうします? 私は外の様子も見ておきたいところですけど。みなさん無事かしら」
ミケ様に話しかけているのだが反応がない。後ろを振り返って確認してみるとまだ怯えていた。
「どうかされたんですか? もう大丈夫ですよ」
優しく話しかけるが、なぜか首を横に振るだけだ。頭突きを受けて頭がおかしくなってしまわれたのでしょうか。これ以上おかしくなると意思疎通が難しくなってしまうので勘弁してほしいです。
「どうしたんです、もう怖いものは去ったでしょう。そんなに怯えなくてもいいでしょうに」
するとミケ様は私を指してこう言った。
「センプスの方がよっぽど怖かったよ……」
結局ぼくが意識を取り戻した後にはすでに事は片付いた後のようだった。ミルーさんはまだ頭がくらくらするためふらついてるぼくの傍にくっついている。ロイはいつもはおしゃべりなのに視線をあちこちに彷徨わせて落ち着かない様子だ。シャルトーはこの中で一番重症だった。鼻の辺りに血が固まって痛々しいし、身体のいたるところに切り傷が見られた。しかし当のシャルトーは笑顔で自分の武勇伝を語っていた。そしてセンプスさんは驚く事にあのオオグロを一人で追い払ってしまったらしい。
余程壮絶な戦いだったのだろうかなぜか猫神様がセンプスを畏怖しているように見える。その割にセンプスさんは傷が一切なく、本人はいつもと変わらずみんなを包み込むオーラを発していた。
「猫神様なんでそんなにもセンプスさんのこと気にしてるの?」
「い、いや別に何でもないニャ」
慌ててひげをいじり始める。話したがらない素振りがなんだか妙に癪に障ったので原因でありそうなセンプスさんの方に直接聞くことにした。
「センプスさん。猫神様の様子がなんだかおかしいのですがなにか知ってます?」
その言葉を聞くと猫神様が激しく反応した。首を百八十度一回転したように見えたほど勢いよく首をこちらに向け、センプスさんの方に向かって必死に首を振る。本当に頭がおかしい猫だ。
「それはですねー」
くすくす面白そうに口元を隠すセンプスさん。その視線の先では涙と鼻水をほとばしらせまだ首を振っている猫の神がいる。
「ふふ、オオグロ様の首を絞めて失神させたとき、ミケ様ったら私がオオグロ様を殺してしまったと勘違いされたらしくて私が怖いっておっしゃったのよ」
「ふーん」
そこまで必死になって隠すこともない話だと思うけど。
「それでその後ね、ミケ様ったら……」
「お願い、お願いだからそれ以上は言わないでーー」
悲痛な叫びも聞こえないのか楽しげにセンプスさんは続ける。
「あまりにびっくりしたみたいでおもらししてたの」
「……え?」
得意げに自分の話をミルーさんに披露していたシャルトーでさえこちらを向いた。
「あまりの怖さにちびっちゃったってことですか」
「そういうことですねえ」
みんなの視線が猫神様に集まる。
「そんなにみんなして哀れな目で見ないでー。うわーん」
視線に耐えきれずに部屋から逃亡していく猫の神様。本当にこんなのが猫の神様でいいだろうか。
後日なんとかメンタルを回復させた猫神様から聞いた今回の事の顛末。
「わしの上司に当たる人いてニャ、まあ基本は優しくて良いかたなんだが今回はその、なんだ昇進試験みたいなものだったらしいニャ」
「昇進試験? 猫の神からさらに上とかがあるのか?」
「そ、そうニャ」
「じゃ次は何になれるの?」
「えっとそうだニャあ。たぶん魚の神?」
「魚って……なんかランク下がってないか? 哺乳類から魚類にっておかしいだろ。適当に思いついた鮪から連想したとかそんなんでしょ」
「そ、そんなことないニャ。魚は偉大だニャ。数も多いし、おいしいし……」
「やっぱりそんな理由なんだな。ま、それで昇進試験がオオグロと何か関係してるの?」
「そうだニャ。わしの上司……なんか長くて言いにくいニャ。本当の名前は言えないから『わし上』とでも略そうかニャ」
作品名:猫になって歩けば棒に当たる? 作家名:月灯