猫になって歩けば棒に当たる?
「えー、あんなにいっぱいにしたのはミルーちんのせいなんだけどね。大丈夫かどうかはわかんないなー。とりあえずぼくが気を引くからミルーを連れて逃げてって言われただけだし」
「え! なにか考えがあって飛び込んだんじゃないの?」
「うーん、わかんないなー。でもさ……」
「なによ」
ロイの横顔は真剣そのものだった。
「例えぼくが傷ついても、無様に散ったとしてもミルーは助かるだろ。それで充分だって、あいつはそう言ってたよ」
ロイとミルーが何とか無事にどこかへ去っていくのを目だけで追う。これでよし。さてこれからどうしようかね。
「さて俺をあれだけ侮辱したんだ。覚悟はできてるんだろうな」
「覚悟か。特にしてないけど……君今いくつ?」
「はぁ? なんで今そんなこと答えてやる義務がある?」
「ぼくは一七年生きてる」
その発言にトラ猫だけでなく周りの猫たちも一斉にふきだした。
――まじかよー、じじいじゃん。
――そんなのでドラさんとやるつもりなのか。命知らずにも程があるだろ。
「ギャギャギャギャハ。そんなヨボヨボでおれと張り合うつもりなのか? 命知らずというかそこまでいくとボケちゃってるのか?」
「一七歳をなめちゃいけないよ。ぼくは一七歳こそ人生で一番悩み苦しみ、そして希望に満ち溢れた歳だと思う」
「なにをわけの分かんないことをいってるんだ、じいさん!」
奴は真正面から鈍く光る爪を閃かせ、ぼく押しつぶそうと間合いを詰めてきた。能ある鷹は爪を隠すっていうのに相手に爪見せちゃだめでしょ。あ、猫だからそんなこと知らないのか。
お腹が大分だぶついている割には俊敏な動きをする奴に心の中で称賛の拍手を送りながら、空中にいる奴の腹下にくぐり醜くだぶついた腹を両足で蹴りあげた。
――ゲェェェェェェブ
あたりに吐しゃ物をまきちらしながら派手に野次馬の輪に飛んでいくトラ猫。まあ、お腹の脂肪が厚いから内臓にそこまでダメージは通らないだろう。
汚らしい胃の内容物と泡を吐いているトラ猫に周りが気を取られているうちにぼくはその空き地から撤退した。別にここの猫たちを全部相手しに来たわけではないのだ。第一目標はミルーさんを逃がすことだからぼくもさっさと逃げることにした。
なんとか虎子望家の敷地内、庭までたどり着いたぼくは一息ついた。
ロイには強がってみたものの結構緊張して声が震えるところだった。あのトラ猫が頭に血が上りやすくて助かった。
まずは相手を油断させる。ぼくが一七歳だと言って年寄りを演じることで相手はぼくを下に見て油断する。特に嘘をついていたわけじゃないし、ただあの出だしはなんの脈絡がなさすぎで我ながら脇の汗が止まらない思いだった。それからバカ正直に突っ込んでくるあいつのお腹に一撃を入れることなど赤子をひねるように簡単なことだ。なにしろぼくは熱心にやっていたわけではないが元空手部である。空手であのような技無いけれど片足で蹴りあげるより両足を使った方がバランスが良かったから両方使っただけだ。しかも人間のころよりはるかに視力、動体視力があがっているし、しかも筋肉がない分体が軽いので自分の思った以上の動きができて逆に気持ちいい位だった。今日は良い運動ができたと思えば有意義な夜だったなあ。
そういえばロイ達の方はまだ帰っていないのかな? また捕まってたりしてないだろうな……
東の空が赤みを帯びて朝の雰囲気が漂う頃、ロイは門をくぐって姿を現した。
「おーい、もう帰ってたのか。少し探したけどいないから先帰ってるのかと思ったらほんとにいたよ」
「おー、すまんすまん。自分のことで精一杯だったんだよ」
しかしロイはいるが肝心のミルーの姿がなかった。
「あれ? ミルーさんはどこいったの? まさかまた変な奴にからまれたとかじゃないよね?」
「なによ! 人をやっかい者扱いするの? ここにいるわよ……」
「なんだ隠れてないで出てきてくださいよ。心配しました」
屋敷の門の影からするりとぼくの前に姿を現した彼女を見て長く息を吐いた。
「ベ、別に隠れてなんかいないわ。ただ少し出てきにくかっただけ……」
「ん? 最後の方が良く聞こえなかったんですが、もう一度言ってくれませんか?」
「だー、聞こえなかったならいいの! ロイはちょっと先帰ってて! 私はスズさんに用があるから!」
「へーい、んじゃ俺は先に帰って寝てるぜ。ふぁーぁ」
大きく欠伸をしながらロイの影が去って行った。太陽が明るくなってきたようだ。
「ぼくに用ってのは? あ、そういえばぼくの方も用があるんでした」
まだ初日の失態を謝っていなかった。
「ベ、別にあの日のベッドの件はもういいわ。初めてだしわからないことだらけだったのでしょうしね。あの時の私も大人気なかったわ。ごめんなさい」
「あ、う、そんな謝るのはこっちなのに頭を下げないでください」
先に謝られるし急に態度が変わってなんだかやりにくいなぁ。
「それと! 今日のことなんですけれど……」
「あ、はい」
「助けてくれてありがとうございました。私本当に怖くてあの時あなたが来てくれなかったと思うと……」
あのプライドの高いミルーさんがぼくの前で涙を流していた。やっぱり女の子ならあんなに多くの敵意をむけられて怖くないわけないよな。ぼくだって内心怖かったし。
「まぁ、まだ来たばかりだけど、それでも同じ屋根の下住んでいるんだ。ぼくは君のことを家族だと思っているから守ってあげなきゃってね。ちょっとくさいかな、はは」
「いいえ、くさいだなんて……。とても優しいお方なんですね」
ミルーさんのぼくを見る目が最初の日と全く違っていた。朝日の光は関係なく輝いて見えた。そして頬もちょっと赤みが差しているような……
「あ、あの! 今日はもう寝られますか?」
「あ、うん。もう眠いから。休もうと思うけど」
「な、なら! 私のベッドで一緒に寝てくださいませんか!!」
「? ? え――――――――――――――」
「今日確信いたしました。あなた様が私の純白のナイト様だと。私の初めてを貰ってはいただけませんか?」
錫木一郎。十七歳。彼女いない歴も十七年。
しかし今日今ここで告白プラスベッドに誘われるとういう夢のような展開が。
相手が猫でなければ……
現在猫神様は屋敷のご主人達によって治療されている。傷の状態など詳しくはわからないけれどここの人たちなら絶対に直してくれると信じて今は待つしかないのだがやはり猫神様の言っていたことが気になって仕方ない。早く復活してくれないものだろうか。
他のみんなもこの猫部屋に集まっていた。誰もが顔を伏せうなだれた様子で厚い雲に覆われたような陰鬱な日が続いた。
「あの、センプスさんは何か知っていたりしないんですか? 猫神様がああなった理由とか最後の言葉の意味とか」
彼女も元気のない様子だったがこのままではいけないと思いこの中で唯一何か知っていそうなセンプスさんにすがってみた。
「そうねぇ。なんとなくだけどミケ様が最近頭を痛めていたことは知っているわ。ただそれが今回のことかどうかはわからないのだけど……」
作品名:猫になって歩けば棒に当たる? 作家名:月灯