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猫になって歩けば棒に当たる?

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 みんな雌猫だし! 七割方予想はできてしまうがロイに尋ねようと振りかえると今日の散歩の友は姿をくらませていた。
 慌てているうちに何匹かの積極的な雌猫がぼくを包囲し始めた。それぞれがなんとも魅惑的な香りを放っていてとたんに頭に靄がかかったようにぼうっとなっていく。
 いや! ぼくは初体験は好きな子とって決めているんだ!
 甘い痺れを振り切って塀の上に脱出。迷子になったロイを見つけようと目を凝らす。全く世話の焼ける奴だ。
 ロイは早々に見つけることができた。ぼくが包囲されていた路地の塀の向こう側で包囲されていたようだ。ただ、ぼくと違って普通に雌猫達相手に腰を振っていた……
 そこに割って入っていき盛る友の尻尾を引っ張り、雌猫を蹴散らした。
「獣(けだもの)め」
「もう痛いなあ。かわいこちゃんたちが俺を求めてきたから応えていただけだぜ。やっぱり月の綺麗な夜はこれに限るぜ」
「それで? どれくらい相手したの?」
「うーん、たぶん八くらいは俺の……、った。なにすんだよ!」
「あまりに聞き捨てならない数が聞こえた気がしたので頭をひっぱたいて差し上げただけだ」
「えー、そんなの普通でしょー。スズっちはどうなのさ? もしかしてやってないとか言わないよね? そんなに小心者じゃないよね」
「そのもしかしてですがなにか?」
 それを聞いてロイは額に手をやりうめいた。商店街の八百屋のとっつぁんみたいだ。
「かー、なんてこった。散歩って言ったらこれをするために出てきてるのに何しに来たんだよスズっちは」
「なにしにって散歩……」
「くー、君は干からびたおじいさんかい」
「はいはい、ぼくはおじいさんですよー。それより他に面白いところとかないのか?」
「これより有意義なことなんてあるわけないじゃ……って置いてくなよー」
 チャラ雄(オ)君は置いて公園かどこかに行こう。

「ねーねー、どこ行くのさー」
「目的無き散策」
「なんだよそれー、つまんないじゃん」
 ロイの言うことは至極もっともである。これじゃ最初の日の猫神様と同じ意味ない庭めぐりと変わらないじゃないか。流石にロイが可哀想になってきた。
 そろそろ引き返して屋敷に帰ろうかと提案しようとしたとき、前方からなにやら怒声が響いてきた。
「なんか喧嘩してるみたいだね」
「うんうん。面白そうだし見に行ってみようよ」
 ロイの野次馬魂に丸めこまれて喧嘩現場へと向かうことにした。
 なにやら言い合いの響いている空き地の前に着いたぼくらの前には一匹のお高くとまった雌猫とにやけた面を張り付けた大柄なトラ猫、それを囲むように群れているたくさんの薄汚れた猫がいた。
「だからあんたたちみたいな野蛮で汚らしい野良猫になんて触られたくもないって言ってるでしょ!」
「嬢ちゃんそういうなって、数秒で終わるんだからよ」
「いやったらいや!」
「あの灰色の雌猫……」
「うん。ミルーちんだね……」
 ロイは深くため息をつきながら言う。虎子望家のツンツンお嬢様、ロシアンブルーのミルーだった。
「あいつらはなにを言い合ってるんだ?」
「うーん、あの野良のトラ猫の方がなにかしたがっているのをミルーちんが嫌がってるみたいだね」
「さっきロイがやってた行為みたいだな」
「……そうみたい。でも俺は無理やりやったわけじゃないからな! あっちがしてほしいって来たから……」
 そんなことはわかってる。ロイとあいつらを一緒にするわけじゃない。
「それはいいんだけど、なんであんなに強気なんだ? いくらなんでも多勢に無勢だろうに。強気でいられる理由があるのか?」
「うーん、たぶんないんじゃないかな。虚勢張ってるの遠くから見てもわかるよ。ほら後ろ足がガクガクで今にもお尻ついちゃいそうだし。でも最初から強気だったなら今更引くわけにはいかないんじゃないかな。ミルーちんのあの性格上」
「どうせ最初はあのトラ猫だけだったんだろ。それで騒いでいるうちにあの野次馬が飢えたカラスみたいに群がってきたんだろうさ」
 ぼくとロイがのんびり観察している最中、言い合いはエスカレートしていて、ついにはトラ猫がミルーを突き飛ばした。
「あ」「うお!」
 ここまで来るともう流石に放ってはおけないと行動を開始した。

「キャ、っつう。なにすんのよ! 」
「ほら! だから尻をこっちに向けろって言ってんだろ? それともそんなお嬢様ぶってるくせして言ってることがわからないんでちゅか? ギャハギャハ」
 トラ猫の下品な笑い声に周りの野蛮な奴達も一緒になって笑う。
 悔しい!
 無様に汚い空き地にうずくまってるなんて……
 でも、でも怖い。やっぱり怖いの。
 内心じゃもう大泣きしたいほど怯えているのが自分でもわかる。あいつの方も虚勢を張っているだけだってわかってしまっているんだろう。猫神様からもきつく言われていたのに……
『ミルー。最近野良猫達の動きが活発になってきてるニャ。決して喧嘩を売ったり馬鹿にするようなことは言っちゃいけないよ。いや、なるべく近づかない方にした方がいい』
『わかってるわ。あんな汚い連中なんてこっちから近づきたくなんてないし』
 あの時の猫神様はいつになく真剣な様子で言ってたっけ。語尾にニャがついてなかったし……
「ほら、早くしろって」
 乱暴な手が私の腰をとらえた。私の純情はこんな低俗なデブ猫に奪われてしまうのか。瞳から流れてきた一筋の液体が口元を湿らせた。
「ちょっと待ってもらおう」
「!」「!」
 突如として響き渡った声に完全に流れを乱されたトラ猫は舌打ちしそうなほど不快さを露わにした。
「だーれーだー。せっかくの楽しみを邪魔してくれた奴は。ああん? 前出てこいや!」
 私も一時的に魔手から逃れられたことで落ち着いた思考に浮かび上がる疑問。ここにいるだれもが私の敵だと思っていたのに、誰? 
 すると周りにいた汚れた猫の中からひときわ目立つ純白の毛を持つ猫がへこへこしながら輪の形を乱しながら姿を現した。
 あ、あいつは最近家に住みついたいけすかない雑種猫じゃない! なんでこんなところに。
「あーすいませんねぇ。はいはい、道開けてくれてありがとう。あ、どうもこんばんわ。うわー間近見ると迫力ありますねぇ。片目つぶれちゃってますし」
「それでおまえ、こんな邪魔してただで済むと思ってないよな」
「いやー、ぼくのお尻じゃだめですかね。なんて嘘ですけど」
「お、おまえ俺をなめてんのか、こら!」
「いやー、あんたみたいな汚らしい奴なめるわけないじゃないですか。自分から汚物をなめるやつなんていないでしょ? ってあ、でも猫だと舐めるやつもいるのか。でもぼくは違いますからね」
「なにをわけのわからないことを!」
 トラ猫はすでに私から離れ、さらに周りの注目はあの白猫へと移っていた。そこへこそっと近寄る見慣れた姿を見つけた。
「おーい、ミルーちん。大丈夫か?」
「ロイ! なんであんたまで!?」
「たまたま通りがかったんだ。それより注意がスズちんに向いてる間にミルーちんは安全な所に」
「あ、うん」
 ロイに支えられながら私は空き地を出て近くの家の屋根の上で伏せて様子を窺った。
「あんなにいっぱいいるけどあいつ大丈夫なの?」