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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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海人の宝

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 漁港とは反対側の奥まったところ、丁度、丘の山肌に接するところにぼろい平屋の建物があった。鉄筋でできているが、壁が黒ずんでいてかなりの年代物だ。
 建物の周りには、籠や網などの道具が置いてある。
 建物のドアを開け中に入る。

「おい、みんな紹介するぞ。こいつが新入りの見習いだ」
 中に入ると数人の漁師らしい日焼けした男たちがいた。年代は龍司と同じ年頃から、四十代、五十代、安次富と同じ六十代ぐらいという感じだ。煙草を吸っていたり、御茶を飲んでいたりする。やや、疲れ切っている感じからすると、丁度、漁が終わって帰ってきたところだろうか。
 龍司は、名前を告げ簡単な自己紹介と初対面としての挨拶をした。漁師達も一人一人自己紹介をした。
「よろしく、内地からよく来たさな」と挨拶を返す者がいた。
 内地、そうかつまりは本土人のことをそう呼ぶのかと思った。靴を脱ぎ漁師達が座っている茣蓙の上に座った。一人の漁師から煙草を貰った。どうも、と言い煙草を貰い龍司も吸った。そして、話しを始めるが、彼らの言葉がよく分からない。沖縄弁だ。というより、沖縄語と言っていいぐらいに言葉が違い過ぎて理解できない。畜生、俺はよそ者か、ということを痛感した。
「おい、みんな、こいつは明日から、わしの見習いとして、漁に出る」
と安次富が言うと
「おい、安次富さん、明日は駄目だと通告が出ているよ」
と漁師の一人。
「そうか、分かった。ならば明後日からだな」
と安次富。
 その後、漁師との会話をする。龍司が積極的に話しかけた。龍司が話しをすれば、相手は標準語で返す。その会話で分かったことは、この漁場で獲れるものは、数多くあるが、もっとも代表的なものは現地で「ミーバイ」と呼ばれるもので、標準語では「ハタ」と呼ばれる魚である。
 その他、魚を獲るというだけでなく、海中に網を張り種付けをして、もずくを育成する海中農業のようなこともしているという。
 未経験者で都会でずっとサラリーマンをしていた自分に対して、やや不安じみた表情で「大丈夫、続くの? 生活はかつがつだよ。しけで一ヶ月も漁に出られないこともあるぞ」
と言われた。とりあえず、収入に関しては、見習い期間中は生活費程度は貰え、住まいは、漁師詰所であるこの建物の一室に住み込むことになるとのこと。
 まあ、勢い余って来たので、自分としては試しがてらのつもりだ。駄目なら、東京に戻るさ、と考えていた。だが、やれるだけはやってみないと。
 その日、暗くなると漁師達は、それぞれの家に戻った。安次富も去り、独りぼっちになった。
 夕暮れ時の漁港に出て一人煙草を吸いながら哀愁にふけった。さて、どんな日々をこれからおくることになるのか。東京とは大違いになるはずだ。

 朝、目を覚ました。時間は午前六時。龍司は、もってきた荷物から海水パンツと水中メガネを取りだし、外に出て浜へ急いだ。
 海水パンツ一丁の姿でビーチに立つ。エメラルドグリーンの海岸が目の前に広がる。
 ビーチは漁港から数キロほど続いているが、数百メートル先に有刺鉄線らしき柵がもうけられていた。龍司は思った。おそらく、その柵の先は、その先の施設、きっとリゾートホテルか保養所のプライベートビーチなのだろう。それを区切るためのものではないか。
 龍司は、水中メガネをはめ、さっさと海中へ入っていった。得意の泳ぎで一気に数百メートル進む。実に気持ちいい。波に揺られ、透き通った海水を移動する。小魚の群にも出くわした。
 海水浴など何年ぶりだろうか。普段はプールで泳いでいた。それに、こんな綺麗な海で泳ぐのは生まれて初めてだ。
 と、その時だ。真上で轟音が轟いた。見上げると三機ほどヘリコプターがあった。黒い大きなヘリコプターだ。何が起こっているのか。そして、そのヘリコプターから、ロープがさっと吊された。
 すると、吊されたロープに黒い服を着た人間が伝って降りてくる。おお、これは、まるで軍事演習だ。
 そして、どんどん、ヘリに吊されたロープから人が海中に落ちてくる。龍司は、その光景をじっと仰天しながら見つめていた。まるで映画を観ているようだ。
 しばらくして、誰かが海中に浮いている龍司の体にぶつかってくるような感覚を受けた。何だと思った途端、龍司は海中に吸い込まれた。目の前に髪の毛の茶色い水中メガネをつけた男が見えた。外国人の兵隊のようだ。
 龍司は、ぞっとして男を突き飛ばし、海面に浮上した。すると、その男も浮上する。
「お前は何者だ?」
と男は英語で話しかける。ヘリコプターの轟音が鳴り響く中、龍司は怒鳴って英語で言い返した。
「ただのスイマーだ。あんたこそ何者だ」
 茶髪の男は、何も答えず、すぐに海中に潜り、どんどん浜辺の方へ泳いでいった。彼以外に数人の兵士らしき者共が浜辺へと泳いでいく。有刺鉄線の向こう側の浜辺だ。
 龍司は、わけの分からない気持ちになり、ただ、この場にずっといるのはまずいと考え、元の浜辺に戻ろうと泳いでいった。
 浜辺に着くと、安次富が立って待っていた。なんだか、いかめしい顔をしている。こりゃ、まずいことしてしまったな、と思った。
「きちんと説明してなくて悪かったな。今日は軍事演習があるのさ」
「軍事演習って、じゃあ、あそこは」
「あれは、米軍海兵隊の訓練基地、キャンプ・ヘナコだ」
 海兵隊の訓練基地だって。そんなものが漁港と隣り合わせに。
 龍司は、ぞっとした。

 自分は何と危険なところで海水浴をしていたのか。今いる浜辺から、数百メートル先には、さっき海中で出くわした黒いウェットスーツを身につけ、ライフル銃を抱えた兵士らしき人物が複数、上陸している。
 ヘリコプターの轟音も鳴り響く。また、さらに、そのヘリからロープにぶら下がりながら、人間が海中に落ちていく。これが海兵隊の訓練というものなのか。
 そして、リゾートホテルかと思っていた建物は海兵隊基地の施設ということか。


そして、よく見ると、その施設の建物から続く浜辺から、この漁港近くの浜辺の間に金網のフェンスが設置されているのが見える。龍司と安次富のいるところから五十メートル程先のところだ。
 こんなこと知らされてなかったぞ。龍司の仰天した表情を見た安次富は、
「心配することはない。月に何回かある程度の訓練で、たいてい規模の大きいものは通告がある。奴らともめったに会うこともない」
と言った。やや申し訳なさそうな表情をしている。昨晩話していた「通告」とはこのことか。龍司は、どう反応していいのか分からなかった。ヘリの轟音が鳴り響く中、二人の間にしばらく沈黙が続いた。すると、安次富は、
「そもそも、海水パンツ一丁で泳ぐのはいけんぞ。まあ、内地の者ならみんなそうするのだろうが、ここでは海に入る時は、上に必ず何かを着る。そうしないと、体が焼けただれて大変なことになるからさ。漁に出る時もそうだぞ」
と叱りつけるように声を立てた。
作品名:海人の宝 作家名:かいかた・まさし